3、会議
前文訂正。
取材班は駐車場を「出て行けー!」と追い出されたわけではない。いたたまれず自主的に退出したのだ。
3台の車は今海水浴場の市営駐車場に止められ、メンバーは外灯の下集まって会議をしていた。岳戸はリング2号の中で柄田がコンビニから買ってきた弁当を食べている。レストランで食いっぱぐれたカメラ班の三人もおにぎりを食べている。
一同集まっての議題は。
「そんなに不味かったんすか?」
牛カルビという贅沢な具のおにぎりを頬張りながら柄田が訊いた。
「いや、俺はまあ、それなりに食えたけど、なあ?」
社長に振られて高谷は
「はあ、乙な味でしたね」
と答えた。レストランでも社長に「なあ?」と振られて同じ答えをした。
「いやあ、あれは駄目です。社長は悪食(あくじき)、チーフは事なかれ主義です。あんなのお金を出して食べるものじゃありません。きっとあの人商社時代は偉い重役で、部下や接待の人に自慢の手料理を食べさせて、いやあ専務、美味いですねえ、一流レストランに負けない味ですよお!、なーんて胡麻をすられてすっかりその気になっちゃったんです。絶対そうです。ねえ、そうですよねえー?」
と辛辣に評して加納夏美に意見を求めたのは万條。岳戸のマネージャーの加納は車の外に立たされて、「そうですね」と曖昧な笑みで曖昧に答えた。
岳戸の
「まずい」
の一言の後、堂之丘氏は一瞬にして強張った顔をひくつかせ、慌てて料理をかっこんだ社長は
「いやいやこれはなかなかユニークで刺激的な味で、なかなか美味いですよ。なあ?」
と高谷に振り、高谷は、
「はあ、乙な味ですね」
と前述のセリフを言ったのだった。
「うん、美味いですよ」
と料理を口に押し込み懸命にフォローする社長に対し、岳戸はワインを飲むばかりで料理にはまったく手をつけようとせず、岳戸の不機嫌を敏感に(でもないか)察知した加納が恐る恐る食べていると、岳戸はジロリと横目に睨み、
「あんた食べるの? これを?」
と言った。加納はナイフとフォークを置き、申し訳なさそうに小さな声で
「ごちそうさまでした」
と言った。万條も一応味見だけはして
「わたしもごちそうさま」
と早々にナイフとフォークを置き、
「うまいうまい」
と、社長は……この人の場合は案外本当に……美味そうに料理を食べ、「いらないの? 本当?」と女性陣の食べ残しまで手を出して食べ続け、高谷はただ黙々と自分に課せられたノルマを消化していった。
そんな二人の頑張りもむなしく、
「もう、いいです……」
と堂之丘氏はうなだれて奥に引っ込んでしまい、グラスワインを飲みあげた岳戸はさっさと席を立ち、加納も後を追い、堂之丘氏が奥へ行ったのを確認した万條は「もういいでしょう?」とゲジゲジでも見るような目で男二人を見て、高谷も一応食べ終わったので、「社長、行きますよ」と食事会を終わらせた。
「お勘定、ここに置いておきますね」
と、だいたいこんなものだろうという金額をカウンターに置き、領収書が欲しいんだがなあ……と思いながらあきらめて外へ出た。
幽霊から隠れて待機するには丁度いい場所なのだが、止めておくわけにいかず、カメラ組を拾い上げて駐車場を移動してきたのだった。
「それだけ不味いっつうとかえって食ってみたくなりますけどねえ?」
面白がって言う柄田に高谷は、おまえのカルビおにぎりよこしやがれ、と思った。
こいつも贅沢に天むすなんて食べてやがる柳井まで、
「そうだ、俺の地元に『日本一不味い!騙されたと思って是非一度!』って宣伝している中華料理屋があってさ、ここは美味いんだ、すごく。機会があったら案内しますよ」
なんて言った。堂之丘氏が聞いたらどれだけ嫌味に思うだろう。
「気の毒になあ、その人」
と、カメラを覗いていなければ至って常識人の茂田カメラマンがため息混じりに言った。この人は梅干しおにぎりを食べている。せめて紀州梅だろうなとADの常識をわきまえない後輩二人を高谷は心眼で睨んだ。
高谷もしょげ返った堂之丘氏の背中を思い出して言った。
「そうですね。ここはどうしても幽霊を撮ってやらなくちゃ」
は?なんで?、と不思議そうにする鈍感な連中を見回して高谷は言った。
「幽霊がいて、その幽霊のせいでお客が来ないんだとなれば、同じ店を畳むんでも心の傷が浅くて済むでしょう?」
経験者の胸中で「船上のまな板」の閉店は遠くない将来の既成事実にほぼ固まっている。
なるほどな、と頷いた一同は、
「よっしゃ、頑張りましょう!」
と柄田が米粒を飛ばし、
「幽霊さん、いらっしゃーい!」
と万條が喜び、
「撮りたいですね、ずぶ濡れの若い美人の幽霊」
と柳井がグラビアアイドルと勘違いしたことを言い、
「・・・・・・・」
茂田カメラマンは黙って不敵な笑みを浮かべ、
「よーし! 撮るぞ、幽霊! えいえい、」
と社長の音頭で、
「おーーーーっ!」
と撮影隊は大いに盛り上がった。
……とてもおどろどろしい幽霊が出てきそうな雰囲気ではない。
「しかしですねえ」
と冷静さを取り戻して高谷は言った。
「撮れてませんでしたからねえ、幽霊」
そうなのだ。
3日前に深夜2時を中心に、午後9時から朝6時まで、3カ所から3台のカメラを設置して電話ボックスを狙い、ブラックベースのモニターで観察していたが、結局朝まで何事も起こらず、帰りの車で、
「事故起こすんじゃねえぞ?」
と、まるで事故を起こすことを期待しているかに社長に言われたが、おあいにく様、運転者はブラックペッパーガムで寝不足の頭をしゃっきりさせて無事東京のアートリング社屋にたどり着き、怪しい物に取り憑かれている兆候はきれいさっぱりなかった。そもそも中古ながら新型車のリング2号は事故車を格安で買ったもので、「何か起きないかなあ~」なんて言う大罰当たり者なのだ、社長は。その後ビデオを長々とチェックしたが、やはり何も期待の物は写っていなかった。
まあ1日やそこら撮影したってそうそう幽霊なんて代物は撮せるものじゃない。
しかしテレビにはスケジュールというものがあるのだ、ここは是非とも幽霊さんにおどろおどろしい信念を曲げてでもご登場願わねばならない。
「僕らが頑張ってもかえって逆効果な気がするんですがねえ?」
「だーいじょおーぶ!」
社長が指を立てて自信満々に言った。
「俺たちには岳戸由宇先生が付いている!」
おお! 奇跡の人、岳戸由宇!
◯◯行くところ事件あり、と謳われた名探偵がいたが、我らが岳戸先生も負けてはいない。
岳戸行くところ怪奇現象あり、
だ。
三津木ディレクターがこの急ぎの取材に岳戸由宇を頼んだ狙いは5年間ご一緒している高谷も承知している。
岳戸由宇に期待しているのは、霊能師として霊の存在を霊視することよりも、何か、そうした事を、引き起こしてくれることなのだ。
岳戸行くところ怪奇現象あり。
岳戸由宇自身が心霊現象のような人なのだ。
岳戸由宇は、
元芸能人で、高校生時代にグラビアアイドルとしてデビューし、その後テレビのリポーターとして多くの心霊スポットを訪れている内に霊感に目覚め、仏門に入って修行し、ついに霊能者として覚醒し、職業霊能師として帰俗、再びテレビ出演するようになった、
と、高谷は知識で知っている。三津木ディレクターや等々力社長、茂田カメラマンはリポーター時代からのつき合いらしい。
その頃のことは、三人ともあまり話してくれない。
岳戸由宇がいかにもベテランみたいな昔話を嫌うからだ、と言うが、本当のところは分からない。
ともかく、
次々やたらと派手な「心霊現象」を引き起こす岳戸由宇を「やらせじゃないか?」と世間では見る向きがあるが、現場に同行して間近で見ているスタッフは知っている、
心霊現象自体は、
まぎれもない本物である、
と。
岳戸由宇は、
本物、
なのである。
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