第6話 フショウ
銃声が聞こえた瞬間、横腹を酒瓶で殴られたような気がした。
撃たれた。どこから。
首を巡らす。
銃声。
左脚に衝撃が走った。
馬が跳ね上がる。
こらえようにも脚に力が入らない。
体が宙に浮いた。空が視界いっぱいに広がる。
───落ちる。
馬に振り落とされた佐渡は右肩から地面に落ちた。
落馬の衝撃が全身を駆け巡る。腹と左脚が痛みを通り越して、熱い。
「ぐ………っ」
意識が、遠のく。
馬体がこちらにのしかかってくる。
体が、動かない。…駄目だな。
ドスッ。
「がはッ!」
予想通り、馬が身体の上に落ちてきた。重い痛みが全身を押し潰す。
再びの銃声。
「佐渡!!」
松河原総司令は馬から飛び降りた。
佐渡の胸から下は馬の下敷きになっている。起き上がろうともがく馬の背を持ち上げた。
「閣下!」
猟銃を放り出した各務大佐が手を貸した。
「起こせ!!」「はっ!」
各務は肩を入れて馬体を起こしにかかる。が、暴れる馬はそう簡単に起き上がってくれない。
騒ぎを聞きつけたか、扈従達が駆けてきた。
「万千代、力を貸してくれ!!」
「はい!」
機動軍団第2師団司令、兵部大佐が各務の隣についた。
「せーの、」
大人三人の助力を得た馬は脚をばたつかせながら身を起こす。解放された佐渡はぴくりとも動かない。
総司令は佐渡の横に
服の色がみるみる暗赤色に変わっていく。
「佐渡、おい!生きているか!!」
呼ばれて開いた目は焦点が定まっていなかった。書記官の上体を抱き起こした総司令は声を張る。
「や、は、ち、ろ、う!」
苦しげに動いていた口から漸く声が出た。
「………くは…?」
「何だ!」
「ぞ、くは…」
「気にするな、俺が仕留めた!」
横合いから各務大佐が言う。総司令は頷いた。
「賊の身柄を確保しろ」「鳴瀬が既に」
「良くやった。軍病院への連絡は」「今連絡をしております」
───周囲のざわめきが心地よく聞こえる。
総司令に介抱されながら、佐渡はぼんやりと感じた。
下腹部と太腿が温い液体で濡れているのがわかる。
多量の出血があるようだ。仕方ない。太い血管をやられたか。
瞼が自然に降りてくる。
思考がまとまらない。身体が動かない。このような状態は恐れ多いのだが…。
しばらくは、お側にいられないようだ。年末に向けて総司令の御予定が立て込んでいるのだが、誰かに頼む必要が出てきたな────。
佐渡少佐を襲った人物は、機動軍団第1師団所属の曹長。猟場の木立より総司令と共にいた少佐に狙撃、直後に各務大佐の発砲で頭部を撃ち抜かれて死亡した。
狙撃に使われた銃は、軍支給の最新式歩兵銃。
曹長は皇帝推戴派の集会で度々姿を目撃されていた。
今回の襲撃は軍部主導の政治に不満を持つ、皇帝推戴派の犯行と目される。
「───以上、報告を終わります」
憲兵部の報告を聞き終えて、総司令は深く長い溜め息をついた。
いつもなら机の右側に端然と控える書記官の姿は無い。
意識不明の状態で帝軍病院に搬送され、緊急手術を受けている。
「皇帝推戴派が積極的に動くものでしょうか」
机の左に立っている宇都宮大尉が口を開いた。
皇帝推戴派、宮城に座す皇帝が直接政治を行う、親政を是とする一派である。
現法の下で皇帝は国家国民の絶対象徴と位置づけられている。極端に言えば、皇帝一人の意向は全国民の総意に匹敵する。
皇帝の勅命を受けて間接的に政治を主導している軍部は、皇帝、ひいては国民の信頼を得ている訳だ。
「陛下を蔑ろにした覚えは無いぞ…?」
現皇帝は若年であり、先帝ほど積極的に国政に介入してきていない。ほぼ軍部任せだ。
「同じ物事でも立場によって受け取り方も変わってくるものであります」
「邪推されたか?」
総司令は机に沈むように突っ伏して、くぐもった声を発した。
なんにせよ、皇帝推戴派では罠にかかった相手とこちらの犠牲が釣り合わない。
「宇都宮は晩餐会の準備に専念してくれ」
「は、」
答えてから宇都宮大尉は質問した。
「畏れながら、少佐の代役は誰になさいますか」
「いるか」
「は?」
「
「成る程…。承知しました」
受話器を手に将官は淡々と相槌を打った。緑地の階級章の上下は金帯。帯と帯の間に金の葵が一つ打たれている。階級は少将だ。
『欧州赴任から戻った直後で忙しいだろう?済まないな』
「いえ、彼らが良く動いてくれていますから。あとは式部や中将どののお手をお借りすれば、問題ありません」
『確かに中将なら良く手伝ってくれる。俺からも言っておこう』
「ありがとうございます、総司令閣下」
若い少将は電話越しに頭を下げる。
「書記官の回復をお祈りいたします」
『うん』
「書記官」という言葉に、机の前に立っていた若い尉官が身じろいだ。
「───さて、中尉に話がある」
机の受話器を置いた少将は目の前の尉官に向き直った。
「話の概要は見えたと思う。帝都総司令部に出向してほしい」
「総司令閣下の書記官を務めよ、との仰せでありましょうか?」
「うん、総司令はそれをお望みのようだ」
「我が身には重すぎる職であります」
「実際どうなるかは分からない。が、君に務まらないとは思っていないよ、
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