第36話 俺はいつも失ってばかり②
「ただいま~」
て言っても、もうお帰りを言ってくれる人はいないんだけど。
俺が靴を脱ぎ、手を洗っていると、ポケットに入れているスマホが少し振動した。
「何だ、彩雪からか。」
『AYASE:夕食は大丈夫です。今日、お弁当ありがとうございま
した。』
『YUTA: どうした?具合でも悪いのか?』
『AYASE: はい、少し。』
『YUTA:何か欲しいものあるか?』
『AYASE: 大丈夫です。たぶん、寝れば治ります。』
『YUTA:ならいいけど。』
『AYASE:ありがとうございます、でも、心配しないでくださ
い。』
『YUTA: わかった。じゃあ、また明日な。』
『AYASE: あのっ‼……やっぱり何でもありません』
『YUTA: ああ、じゃあ、おやすみ。』
『AYASE: はい、おやすみなさい。』
なんだ、具合が悪かったのか。
いつもだったら、俺の部屋の扉の前に座り込んでるくせに。
何か体いいもの、作ってやらないとな。
俺はこの時何もわかっていなかった。今、彩雪が苦しんでいることを。
翌日、俺はいつものように登校した。朝、バス停で彩雪に会わなかったことは、少し不思議に思っていたが、まだ体調がすぐれていないのだろうと、感じていた。
「おはよう、裕太。今日は珍しく一人だったね。」
「おう、氷雨。昨日、彩雪の奴、具合が悪いとか言ってたからな。」
「え、でも、さっき学校には来ていたよ。」
「えっ、本当にっ⁉」
「ああ、あの美人を僕が見間違うわけないだろ?」
「それもそうだな。」
「あのさ、そろそろ裕太も自覚した方がいいよ。なんか、あらすじに普通とか書いてるけど、裕太は普通にイケメンなんだよ。」
「またまた、ご謙遜を~」
「本当だって。今度女子にアンケート取ってあげるよ。冴河裕太はイケメンかどうか。」
「それはご勘弁願います。そんなアンケートしたら、俺、ただの痛い奴みたいに見られちゃうから~っ‼」
「まあ、冗談はここまでにして、」
「冗談だったんだ。」
「イケメンには間違いはないと思うけど、彩冬さんのこと。」
「ああ、そうだったな。どこで見たんだ?」
「バス停だよ。僕らテニス部のランニングコースだからね。」
「お前、朝練してたっけ?」
「いや、最近始めたんだよ。この間まで軽くベスト4には入れてたんだけどさ、この間の大会で初めてベスト8で止まってしまったからさ、そろそろ努力しないとな~と思ってさ。」
「まあ、努力は大事だよな。でも、努力しても、報われないときは報われないから。」
「お、経験者は語るかな。でも、僕は努力じゃなくて、体力強化だけどね。」
「やっぱ技術では負けてないのかよっ‼でも、あまり頑張りすぎると、ケガするから気をつけろよ。」
「ああ、それは自分が一番わかってるつもりだよ。」
「ああ、中学の全国大会、ケガして棄権したもんな。」
「その傷掘り返さないでくれるかなっ‼まだ治ってないんだよ。」
「ならなおさら抉ってやらないとな。それに慣れれば、メンタル最強になれるだろ?」
「確かにそうかもだけどっ‼でも、なんか、変わったよね、裕太。」
「そうか?」
「うん。口調は昔だけど、言ってることややってることは無茶苦茶じゃなくなってるし、今の裕太の方が僕は好きかな。」
「そ、そうか?」
「ああ、そうだよ。君は、僕のヒーローなんだからさ。もっと胸を張った方がいいよ。」
「それもそうか。でも、俺、副会長断ろうと思ってるんだ。」
「いいんじゃない」
「は?」
「いや、別に自分のことだし、自分で決めるといいよ。」
「それもそうだけどさ、何かないわけ、友達として進めるとかさっ‼」
「いや、そんなの裕太の問題であって、僕には関係ないし、裕太が生徒会に入れば、一緒に帰ることができるかもしれないけど、別に僕としては、どうでもいいかな。」
「え~」
「ま、やるもやらないも裕太が決めることだから、僕は強制できないってこと。」
「……わかった。サンキューな、アドバイスくれて。」
「いいよ、気にしないでくれ。僕たち、友達だろ?」
「そうだな。」
「じゃあ、僕、練習に戻るから。」
「ああ、じゃあまた後で。」
俺は氷雨と別れて教室に向かった。
俺は教室に荷物を置き、生徒会室に向かった。
「お、来たか。予想よりも早く決断が出たのか?」
「いや、ちょっと修にはお願いがあってさ。」
「聞こうか。」
「返事、来週まで待ってもらえないか?」
「なるほど、もう少し時間が欲しいと。」
「ああ。俺、まだ覚悟ができていないのかもしれない。」
「覚悟とは?」
「何が正義で何が悪なのかについてだ。」
「なるほど。それは俺も分からんな。」
「そうなのかっ⁉」
「ああ。そんなもの、今後考えていけばいいと思っているんだ。だから今、俺は生徒会長をしている。」
「……そうか。でも、もう少し時間が欲しい。だからっ‼」
「ああ、わかっている。お前が前向きに考えてくれていることが分かれば、俺はそれだけで十分だ。」
「すまないな、修。」
「気にすることないさ。さあ、早く戻らないと、ホームルームが始まるぞ。」
「ああ、そうだな。」
俺たちはそれぞれの教室に戻った。
結局、彩雪は今日クラスに顔を見せなかった。
担任が言うには、保健室にいるが、来てほしくないと言っているそうだ。
「大丈夫かな彩冬さん。」
「珍しいな結衣がライバルのことを心配するなんて。」
「べ、別におかしくないでしょっ‼クラスメイトなんだし……」
「ま、それもそうだな。」
「そうよ。というより、行かなくていいの、春川さんだっけ、来てるけど?」
「えっ⁉ちょっと行ってくるよ。」
「うん、でも、浮気はダメだからね。」
「そのルールは、中学の時までだろ?」
「それもそうね。」
「ああ、じゃあ、ちょっと行ってくるよ。」
「うん、行ってらっしゃい。」
俺は春川の待つ廊下に向かった。
「結局どうするんですか?」
「まだ、決め手ない。けど、来週まで待ってもらうことにした。」
「そうですか。」
「それだけか?」
「それだけですけど?」
「それならメールしてくれればいいのに。」
「私、先輩のメルアドレスも、電話番号も知らないです。」
「『TYATTO』してるか?」
「はい、一応。」
「これ、俺のID、追加しといて。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、俺そろそろ教室戻るわ。」
「はい、呼び出してしまってすみません。」
「いいよ。気にするな。」
俺はその場を後にした。
「何だったのよ、話って。」
「あ、いや、副会長の件で……」
「え、何、裕太するの?」
「いや、まだ決めてない。」
「でも、やった方がよくない?」
「お前はやることを進めるんだな。」
「当たり前じゃん。私はスポーツ推薦で大学行くし、たぶん氷雨君もスポーツ推薦で行くわよ。だから、あんたくらいは、ちゃんと校内推薦で大学行ってくれないとなんかバランス悪いじゃない。」
こいつ、本当に勉強嫌いなのに大学行こうとしてるな。
「私だって馬鹿じゃないの。だから、あんたとは別の大学受けるつもりだし。」
「……そう、なの?」
「うん、そうよ。だから、生徒会復帰しなさいよ。」
「ああ、そのことも視野に入れておこうかな。」
「じゃあ、復帰するの?」
「それは週末考える。」
「まあ、いいわ。よく考えなさい。」
「ああ、そうするよ。」
「そろそろ授業始まるし、私戻るね。」
「ああ、ありがとな。」
「どういたしまして。」
結衣はそういうと、そのまま自分の席に戻った。
結局、今日は、彩雪と会うことはなく、俺はバス停にいた。
今日は帰って、彩雪を待とうと思っているからだ。
「にしても、今日は、連絡一つないな。」
やっぱりかなり具合悪いのかな?
「アイスか何か買っていくか。」
そんなことを考えている間に、バスが来た。
俺はそのバスに乗り、いつも降りるバス停で降り、スーパーに向かった。そこでアイスとフルーツ間を買い、帰宅した。
帰宅して、俺は彩雪の部屋を訪ねた。
「……留守、かな?」
俺は仕方なく、一度自分の部屋に戻った。
部屋に帰ると、ポケットに入れていたスマホが振動し始めた。
「……電話か?」
スマホを取り出し、俺は画面を確認した。
「……っ⁉」
そこには、AYASEの表示があった。
「もしもしっ‼彩雪か?」
「そうだよ。」
「今どこにいるんだ?」
「とても景色がいいところ。」
「だから、どこなんだよ。」
「そんなことはどうでもいいから、私の話を聞いてくれる?」
「まあ、別にいいけど、体調はもういいのか?」
「うん、よくなりそうにないし、私、あきらめた。」
「は?」
「私ね、昨日、同じ高校の人から、レイプされたの。」
「えっ……」
「だからね、昨日は、体調が悪かったの。」
「どこに出されたんだ?」
「中に三人分を2回ずつ、昨日はだから、ものすごく気分が悪くて、それに、何か、大事なものを失ったような気がするの。」
「……」
「それに、実は、3日前くらいから、私、生理が来てて、本当に、妊娠してるかもしれないの。」
「今どこにいるんだ?」
「だから、聞いて。私、そいつらに、動画撮られてて、もしかしたら、ネットに拡散されてるかもしれないの。」
「は?」
「だから、もう、私、生きる気力もなくなって、だから、」
「ダメだっ‼」
「ううん、私、もう、死のうと思うの。」
「ダメだ、死んだら何もかも終わってしまう……」
「私は、もう終わっていいと思うの。だから、止めないで。」
「ダメだ、生きてくれよっ‼俺はもう何も失いたくないっ‼」
「ごめんなさい、そんなことまで言わせてしまって。」
「今から行く、だから、絶対に死ぬなっ‼」
「無理だよ、そんなの。私、もう決めたの。だから、止めないで、よ……」
「そこから何が見えるか教えてくれっ‼」
「町が見えるよ。私たちが住んでたマンションも。」
「学校の屋上かっ‼」
「正解、この時間は、誰もいないんだよ、学校には。」
「今何時だ?」
「19時30分、もう真っ暗だね。」
「今から行く。だから、待ってろっ‼」
「来ないでっ‼」
「……⁉」
「お願い、最後くらい、自分で決めさせてよっ‼」
「……」
「これは、私が決めたことなのっ‼だから、最後くらい、自分が、したいように、させてよ‼」
「……でも、死ぬはよくないっ‼」
「ううん、もう、私、決めたの。飛ぶよ、最後に話せて、本当に良かった。」
「やめろっ‼」
‶バンッ プツッ ……″
その音が聞こえて、電話は、切れた。
それからの週末は、彩雪の葬儀に、おばさんへの事情説明、そして、警察への届け出をして、吹雪さんにも連絡を入れた。
月曜日、俺は、いつもよりも1時間、早く部屋を出た。
そのため、誰もいない教室を通り、まず、生徒会室に向かった。
「やはり来たか。」
「ああ、修、俺、副会長するよ。」
「どういう風の吹き回しだ?」
「俺は、今日なぜ全校生徒自習になったのか知っている。」
「なるほど、やはり、か。」
「それに、今回の犯人も、何があったのかも知っている。」
「そこまで知っているとは、なら尚更生徒会でなくてはならんな。」
「だから決めたんだ、これ以上あいつらの好きなようにはさせないし、彩雪のような生徒も出したくない。だから、そのために、俺は副会長になる。」
「よかろう。よく戻ってきたな、冴河副会長。」
「ああ、これから、よろしくな、柊木会長。」
こうして、俺は生徒会長に戻った。
翌日から捜査は始まり、捜査の結果、やはり犯行は、あの二人の舎弟のグループだった。動画は、ネットには拡散されていなかったが、すでにDVDにされており、売り出す直前だった。
そして、その3人は、もちろん退学で、さらに逮捕された。
その後の2学期、3学期とすぐに過ぎ去っていき、春になった。
_____________________________
(あとがき)
皆さんこんにちは、汐風 波沙です。
たぶん今回の展開を予想していた人は少ないんじゃないでしょうか?
まさかのことが何度も起き、そして、最後は、生徒会副会長へという展開になりました。
これで第三章は、完結となります。
目標であった第三章の年内完結はできてよかったのですが、現実で起きると、何とも言えない状況ですよね。
よかったら、作品のフォローや、レビュー、応援をいただけると幸いです。感想も募集しています。
今後とも、この作品、そして、自分の書いている作品をよろしくお願いします。
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