飲食店の闇
青山
人は何かを犠牲に生きている
「アカネさん、仕事終わった?」
わたしは声のした方を振り向いた。そこには上司のアオイさんがいた。
アオイさんはわたしの一つ年上だ。
「ちょうど仕事が終わりましたよ」
時計を見る。定時を回っていた。
「じゃあ今晩一緒にお食事どう?」
アオイさんが尋ねる。
「いいですよ、行きましょう。お食事」
退社してから特に用事があるわけでもないので、わたしはアオイさんと一緒に食事をすることにした。しかしどこに行くのだろうか。
「美味しい食事処があるって聞いたんだよね。個人営業みたいなんだけどさ」
「そうなんですか」
二人で電車に乗る。しばらくして電車から降りると、数分歩くだけで住宅街が広がっていた。
「ここら辺にあるって聞いたんだけど」
アオイさんは携帯電話で地図を見る。
「店の情報とかネットに乗ってないんですか?」
「その店ネットに情報載せないのよね、うわさで有名になったって話」
「今時珍しいですね」
「知り合いに場所を教えてもらって、そこ目指して歩いているんだけどね」
しばらく歩くと、一軒の店にたどり着いた。住宅街の中に紛れている、看板も目立っていない店。のれんが掛けられており、扉から店の光が見える。
「入ります?」
わたしは尋ねる。
「もちろん」
アオイさんはそう言ったと同時に扉を開けていた。
「いらっしゃい」
店主が店の奥から出てきて言った。
「2人なんですけど、いいですか?」
アオイさんが尋ねる。
「お好きに席に座って。注文決まったら呼んで」
そう言われたので、4人掛けの席に座った。
店主は何かを包丁で捌いていた。
わたしは周りを見渡してみるが、自分たち以外誰も客は居なかった。まだ人が来る時間帯ではないのだろうか。
「この店、人気なんですか?」
アオイさんに尋ねる。
「さあ?わたしは知り合いにおすすめされただけだから。それより何食べる?」
壁にはメニュー表が掛けられていた。そこにはほとんど肉しかなかった。
「肉って書いてありますけど、何肉なんですか?」
「店主に聞いてみたら?」
「あぁ……いや、良いです。何はどうあれ肉は肉なんでしょう」
普通に考えて牛か豚か鳥か。しかしどれが好みとかあるわけではなかったから、特に気にはしなかった。それに肉は嫌いじゃない。むしろ好き。
「わたしは肉の生姜焼きにする」
アオイさんが言った。メニュー表には肉の生姜焼きとあるが、使用しているものは豚だろう。
「じゃあわたしは、そうですねぇ、王道をゆく串焼きで」
「決まりね、すいませーん!」
アオイさんが店主を呼ぶと、注文を言った。
「あぁ、それとビール二つださい」
「あいよ」
店主は厨房の方へ向かっていった。
「わたし、別にビールなんていりませんけど……」
「いいのいいの、これ、わたしの奢りだから」
「良いんですか?」
「その代わりとことん飲んでもらうから」
しばらくして注文した品が届く。
わたしとアオイさんは乾杯してから食べて飲みまくった。
串刺しの味はどうだろうか、いまいちって感じだった。だけど何故かまた食べたくなるような、そんな不思議な味。好きじゃないけど味を確認したくてまた食べてみたけどやっぱりいらない、みたいなそんなものだった。
「まぁ及第点ですかね」
「そう?肉食べて、酒飲んで。いいんじゃない?」
この人は飯食って酒飲んで、その後寝れば満足なのだろうか。
「すいませーん!ビールおかわり!」
空のジョッキを掲げてアオイさんは言う。
「声大きいです……」
「いいじゃん私たち以外誰も居ないんだからさ」
「そうは言いますけどね……」
酒が回って来たのか、アオイさんは騒ぎ始める。
店主がビールを持ってくる。
「すいません、うるさくて」
わたしが謝ると、店主は言った。
「賑やかな方が良いから構わんよ。それにそろそろ店を終わりにしようと思っていてね」
「そうなんですか……?」
この時間に人が来ないというのは偶然ではなくて、普段から誰も来ないのだろうか。
「仕入れの数も少なくなってきてね」
そう言って店主は店の奥に戻っていった。
そのあとアオイさんは飲みまくって、それに釣られてわたしも飲んだ。
会社の愚痴やどうでもいい話をしているうちに、時間は過ぎていった。
そろそろ帰らないと明日の朝が辛くなると思って、わたしはアオイさんに言った。
「アオイさん、帰りますよ」
「うーん、眠い……」
アオイさんはジョッキを掴んだまま目を閉じていた。
「寝るのは帰ってからにしましょう」
わたしは財布を取り出した。
「わたしの奢りだから……」
アオイさんは自分の財布を取り出すと、それをわたしに渡してきた。
「払っといて」
残りのビールを飲み干して言った。
わたしは自分の財布をテーブルの上に置いて、アオイさんの財布を受け取る。
「すいません、会計お願いします」
店主に支払いを済ませると、アオイさんの肩を掴んで店を出る。
アオイさんはずっとぐったりしている。
「流石に飲み過ぎです」
「こうでもしないとねぇ、一日を乗り切れなくてねぇ」
夜の住宅街は暗かった。街灯は点々としかなく、ひとりで歩くには怖い時間だ。
「あっ、財布忘れた」
駅に着くと、わたしは自分の財布を店に置いてきたのを思い出した。
「じゃあ戻ろう」
アオイさんは言った。
「ぐったりしている人が何言ってるんですか。自分ひとりで戻れますから」
「道分かる?」
「わかります。だからアオイさんはこのまま電車で帰ってください」
そう言って、わたしは小走りで来た道を戻った。
「じゃあ明日会社で~」
アオイさんの声を背に、わたしは手を振ってそれで応えた。
道が暗くて、最初来た道とは雰囲気が違っていたから、この道で合っているのか不安だったが、しばらくすると、店が見えてきたので安心した。
店は閉店していて明かりが暗かったが、財布が無いと困るので、店の中に入った。
「すいません、忘れてものしまして……」
店主の姿が見えなかった。店の奥にでもいるのだろうか。
わたしは店の奥を覗いてみる。
すると、店主が何かを捌いている。明日に備えて作業だろうか。
随分と勢いよく包丁で何かを切っていた。その包丁は中華包丁だった。
わたしはソレを見て、息を飲んだ。
店主が切っているソレは、人の腕だった。
なんで人の腕……?しかもそれって本物?
明らかに周りには血が飛び散っている。
すると、店主はこちらに気付いたのか、こっちを見た。
「忘れ物しまして……」
わたしは冷静を装う。
「見た?」
店主が言う。
「え……、何がですか?」
「見たなら帰すわけにはいかないなぁ」
店主が包丁を持ったままこちらに迫ってきた。
わたしは後退ったが焦って転んでしまった。
「ちょうど仕入れが少なくてねぇ。助かるよ」
「仕入れって、もしかして肉って人肉だったんですか!?」
「人肉はただだからねぇ!」
わたしは悲鳴を上げて逃げようとしたが、店主に腕を掴まれた。
「明日は良い料理が出せるよ!」
そうしてわたしは切り刻まれた。
明日は、誰かの胃の中にいるかもしれない。
飲食店の闇 青山 @genocide2501
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