わからない、でもあたたかい

半魔の少年は困惑していた。


 自分と対局と言っていいほどにあまりにも自分とかけ離れた存在である白巫女の少女が放った、

「あなたは誰?」

 という質問。


 なぜこの子はそんなことを言い出すんだ?誰も近づかなかった自分に。


 この子は知らないのだろうか。自分が忌まわしき半魔であることを。


 それでも少年は知っている。


 否、それしか知らない。

 人々から蔑まれ、恐れられる存在であることしか。



 誰も彼もこの少年をそういう風としか扱わなかったのだから。


 だから自分は半魔なのだ。人々から忌み嫌われる存在なのだ。


 だから少年は無機質な声でこう答えた。


「僕は、半魔」



 しかし少女は不服そうな顔をした後言う。


「あなたがそう呼ばれてることは村の人達に聞いたわ。でもそんなことはどうだっていいの。聞きたいのは、それじゃないの」


 それを聞いて半魔の少年はさらに分からなくなる。





 分からないのだ。




 なぜこの子がそんなことを聞くのか。




 今まで忌まわしき半魔と人々から決め付けられこそしたものの、それを問われたことも、それ以上を問われたこともなかったのだから。




 考えたこともない。そんな発想など到底生まれはしなかった。


 だから、当然その質問に対する答えなど持ち合わせてなかったのだ。



 だから半魔の少年は今度は素直にこう答えた。



「わからない」


 すると少女は今度は少し満足げに微笑んだ後さらに質問を問いかける。


「そう。じゃあ、あなたの名前は?」


 名前?そんなものあるはずもない。自分にそんなものを与えるものなどこの世に存在しなかったのだから。


「名前は、ない」


 それを聞いて少し驚いた顔をした後少女は今度は自分のことを話す。


「私の名前は白。白巫女よ。白巫女は生まれた時ただ一文字のみ与えられる。だから私には苗字はないの」


 少年はまだ、未だに分からなかった。




 なぜこの子は半魔でしかない自分にそれ以上のことを聞いたのか。




 なぜこの子は自分のことを話したのか。




 それはまるで、村の子供たちが仲良くなる時にしていたことのようで。




 まるでこの少女が忌み嫌われることしかされなかった自分を話し相手として見ているかのようで。




 まるで、少女が普通の人間と同じように自分に接しているようで。



 そんな自分の心を知ってか知らずか嬉嬉として少女は話し続ける。



「私、あなたの色が好きよ。夜空のように静かで落ち着くし、とても綺麗ね」


 その言葉でさらに分からなくなる。



 好き?この忌まわしいと嫌われ続けた黒色が?絶望を具現したようなつまらないこの色が?



 わからない。そんな言葉を聞いたのは初めてだったし、自分自身ですらこの黒は好きになれなかったのだ。



 だが少女はこの色を好きと言った。綺麗だと。



 むしろ反対だと思った。この少女の髪の色こそ綺麗だと思った。自分の知識では狭すぎて表現出来ないが少なくとも自分が今まで見たモノの中では一番綺麗だと思えるほどに。



 だからこそ、余計に信じられなかった。なぜこんな綺麗でしかも白巫女の子が自分に話しかけ、自分の髪が好きだというのか。





 分からないことだらけだった。




 それでも少女は絶え間なく話し続ける。




 まるで自分たちが友達であるかのように。




 この時間を楽しんでいるかのように。




 それでも分からない。





 なぜこの子はこんなにも楽しそうに話すのか。





 なぜ半魔である自分を忌み嫌わないのか。





 全くわからない。






 何よりもわからないのは、自分の心を支配する不思議な感覚だった。





 今まで感じたことのない感覚。





 すべてを投げ出したかった自分が、悪くないと思える感覚。





 むしろそれは暖かいようで、心地いいようで。





 よく、わからない感覚だった。





 そのおかしな感覚はこの少女の笑顔を見るたび、この少女が自分に笑いかけながら話す度増していき。





 これが嬉しいってことかな。これが楽しいってことかな。




 そんなことを思ってる時だった。

「あ、もうこんな時間!抜け出してるのがバレる前に帰らなくちゃ!」




 どうやらこの時間も終わりらしい。



 今までだって好奇心から自分に話しかけてくれる子はいた。でもその子も半魔が人とは比べ物にならないほどの力を持っていると知らされ翌日から来なくなった。



 おそらくこの少女もそうだろう。そうなの、だろう。



 そんな時

「ねえ、数日はこの村にいれそうだから明日もここに来ていい?」



 そんなことを聞いてくるから。





 来ないかもしれないのに。





 また来る保証なんてないのに






 それでもこの温もりを諦めたくなくて、信じてみたくて。

「うん、いいよ」

 と答えたのだった。


「ありがとう!それじゃあまたね!」

 そう笑顔で言い放ち、少女は走り去っていく。



 いつの間にか日が昇りかけていたらしく、光に照らされる。



 いつもならうっとおしくて煩わしいと感じるそれが、それすらも悪くないなと感じてしまっていた。



 少女から貰った温もりが暖かくて、未だ忘れられないそれを感じたいと願ってしまって。




 もう一度、嫌いだったはずの夜が来るのをまってしまう。

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