名前
草木も眠る静かな夜。
淡く、けれど確かに強く光続ける星々の下に俺たちは居た。
隣にいるのは半魔である俺を恐れることも軽蔑することもせず他と対等に扱ってくれる唯一の存在である少女。
長く、雪のような銀の髪にそれと対称的な一点の曇もない緋色の瞳。美しく、それでいて妖精を思わせる可愛らしさも持ち合わせた少女だった。
この少女、白といる時間だけが自分にとって大切な時間だった。
白とこうして出会えてなければ自分は今だ暗い闇の中で1人、蹲
うずくま
っていただろう。
と、そんな事を考えていると
「ねー!私の話ちゃんと聞いてるー!?」
と拗ねた顔で抗議してくる白。
「ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」
と素直に謝ると今度は表情を一変させて花のような笑顔で再び話し始める。と、そこで白は思い出したかのように言う。
「あ!そうだ!あのねあのね!今日は君にプレゼントがあるの!」
プレゼント、これも白に教わった言葉のひとつだった。何やら大切な人に送るもの、らしい。
「プレゼント?俺に?」
と聞き返すと
「うん!君に!」
と勢いよく返してくる。そして続けざまに話を展開していく。
「私ね、君に名前をあげたいなって思ってたの!ずっと君って呼ぶのもなんか違和感あるし、君にぴったりの名前を思いついたから!」
名前というのは互いを呼び分けるために使うあれのことだろう。
「どんな名前なの?」
「黒って名前!どうかな?あなたの髪と目の色から取ったんだけどあなたにぴったりだと思って!」
「黒……これが白が俺にくれる名前?」
「うん!そうだよ。黒はどんな色よりも強い色だから、君がどんなときも諦めず、強く自分の道を進めますようにってお願いも込めたんだよ!それに私は君の色、大好きだから!」
その言葉を聞いた時、慣れない感情とともに何故か涙がとめどなく溢れてきた。
「あれ、おかしいな。痛くもないのに、目から涙が……」
それを見て白は驚いて慌てふためき出す。
「もしかして、そんなに名前嫌だった!?」
嫌な訳がなかった。でも名前なんていつもどこかで当たり前のように誰かが呼びあってる物なのに、白が名前をくれたことが、不思議とすごく嬉しかった。
「ううん、嫌じゃないよ。すごく嬉しかった。でもなんでだろ、涙が止まらなくて……」
「涙は悲しい時にだけ出るわけじゃないんだよ。嬉しくても人は涙を流すの」
それを聞いて、少し納得した。そして安心したら、別の欲求も湧いてきた。
「ね、白。俺の名前、呼んで」
それを聞いて嬉しそうにした白が笑顔で
黒、と名前を呼んでくれる。
それだけですごく嬉しくて今までずっと積み重ねてきた悲しみな痛みが一気に暖かい感情で塗りつぶされた気がした。
「ありがとう、大切にするね、白」
「うん!こちらこそありがとう!黒!」
その出来事があってから、ますます白のことを大切に思う気持ちは強まって言った。
最初は今まで存在すらしなかった自分の名前を呼ばれることがどこかくすぐったいような気もしてたけど、でも白に名前を呼ばれるのはすごく心地よかった。
そして名前も呼ばれ慣れたある日、白の様子が明らかに変だった。
どこかぼーっとしていていつも元気な白が時折不安げな顔を見せていて、人について詳しくない俺でも分かるほどおかしかった。
いつも約束の時間になると笑顔で走ってきてくれる彼女が、今日はどこか力のない感じだった。
いつもなら話題を尽きることなく出してきて、飽きるくらいたくさん話す彼女が今日は自分から口を開くことすらためらっているよう見えた。
違和感に耐えきれず、なにか出来ることがあるならしたいとも思ったので
「白、ほんとに今日は大丈夫?どこか痛いの?それとも心配事?」
と勇気を出して聞いてみる。
それに対して白は言葉を発することなくおもむろに抱きついてきた。
優しくて暖かい、心地よい香りがふわりと漂ってきて、香りだけでなく触れているところ全てが暖かく感じた。
初めて触れる人の温もりと突然の行為に思考が停止してしまう。
「し、しろ!?急にどうしたんだ!?」
白はそれに応えることなくただひたすらに己の存在を確かめ合うように時折抱きしめる力に力を込める。
それはどのくらい続いただろうか。数分だったかもしれないし、もっと長い時間だったかもしれない。
けどこの時間は嫌ではなく、むしろ永遠になればいいとも思えた。
が、その沈黙は白によって突然破られた。
「あのね、黒。私も本当は、独りぼっちだったの。誰も私を対等には見てくれなくて、でもそんな中君は私を特別扱いせず、当たり前のように普通に接してくれた。私はそれがすごくうれしかったの。ありがとう。でも君を巻き込みたくはないから、だからおやすみ」
そう言って白は白巫女としての力を使う。
その言葉を聞き終わると同時に、異常なほどの眠気が突然登ってくる。
意識を保とうとするも、己の意思に反して意識は遠のいていき、頭がぼーっとしてくる。
魔術の心得がない黒に抗うすべはなく、そのまま眠りへと落ちることになった。
意識が途切れる瞬間かろうじて視界に収めることが出来た白からは、一筋流れる涙が見えた気がした。
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