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同じ講義を取っている友人にそう声を掛ければ、立てた親指が返ってきた。多少乱雑に、戸田を抱えたまま立ち上がる。軽くはないが、持ち上げて運ぶには支障のない程度の重さだ。
「じゃあ、あとは楽しんでな。あ、悪ぃ荷物取ってくれる?」
荷物付近に立っていた人に声を掛けるが、それよりも早くオレと戸田の荷物が宙に浮く。ゆっくりと顔をあげてみれば、そこには心配そうな顔で立っている富未がいた。
「僕も行く。荷物持つよ」
「まじか? ……悪いな」
「男一人に荷物二つとか死んじゃうでしょ」
「確かに」
廊下奥に突っ込んでいた靴を足で引っ張り出し、適当に履く。戸田の靴はとりあえずあればいいだろうと思い、サンダルのように足に通しておいた。
「それじゃ、お疲れ」
「お疲れ様」
店員の無機質な「ありがとうございました」と、皆の空元気な「お疲れ様」を聞きながら、オレら二人は居酒屋を後にした。
空には綺麗に描かれた上弦の月が浮かんでいた。
「さむ……」
息を吐けば、白い水蒸気が闇に溶けていった。温度差のせいだと分かっていても、寒いものは寒い。羽織っていたパーカーを口元まで引っ張る。
「十一月だとは思えない冷え込みだよね。今日」
一方の富未は、着ているものが暖かいからなのか、寒そうなそぶりを見せることなくオレの隣を歩いている。なんだこの格差。
「お前は寒そうに見えねぇな……」
思わず零せば、富未の澄んだ黒目がこちらを向いた。
「えー、そう? 寒いよ?」
「嘘だろそれ」
「ほんとほんと」
お互いに顔を見合わせ、笑う。今日が初めての会話だとは思えないくらいの馴染みようだ。同じ学科内にいるのだから一度くらい話している気はするのだが、いくら思い返してみても富未のような顔は浮かんでこなかった。最も、オレの見た目が怖いのか、話す人が最初から限られていたっていうのもあるとは思うが。
「富未はさ、オレの事怖くねぇの?」
思わず、聞いてみる。
富未は髪を食ってる戸田の口から髪を出してやりながら、不思議そうに見つめてくるだけだった。
「ヤンキーなの?」
「ヤンキーじゃねぇよ」
否定はする。ヤンキーみたいな恰好をしている自覚はあるが、人様に迷惑をかけたりお国様のルールに触れるようなことはしたことは無い。
ちょっと友人に怪我を負わせた奴をぼこぼこにしてしまったことはあるけれど。
「じゃあ、怖くないよ。そもそも今日声かけてきたの、閑野ちゃんからじゃん。怖がってるなら最初から距離取ってるって。それに閑野ちゃん見た目だけって感じ」
「バカにしてる?」
「優しいって褒めてる」
一歩前を歩く富未の表情は見えなかった。だが、冗談で言っているようには聞こえなかった。本音だろうか。人の気持ちを読めるわけじゃないから、良く分からない。
「ありがとな」
「え? なに?」
「とりあえず褒められたからお礼言っておこうかと」
富未の驚いたような顔がこちらを向き、オレを捉えた。足が止まる。
数秒の沈黙の後に、富未の肩が震え出した。口元を押え、零れてくるものを必死にこらえているようだった。
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