第10話 夜はヴァンパイア 昼は普通の眼鏡っ子
最初の依頼を無事に達成した桜来と和音。次の依頼を探そうと再びギルドの掲示板の前までやってきた。
前の依頼はPCで検索して見つけたので、今度は壁に貼ってある依頼書から見つけようと思った。そう桜来から和音に提案した。
二人で壁に張られた依頼書を見つめていく。和音がある一枚に目を付けた。
「あれならすぐ出来そう。こんな簡単な依頼もあるのね」
「どれどれ」
そう言って和音が指した依頼書を桜来は読んだ。それにはこう書いてあった。
『眼鏡っ子を連れてきてください。依頼者、受付のお姉さん』
「……受付嬢が眼鏡っ子を探している?」
それも不思議な話だが、もう一つ不思議な事があった。
「この依頼って簡単なの?」
和音が眼鏡っ子を連れて来るのが簡単だと言ったことだ。
桜来の見たところ、ギルド内に眼鏡っ子はいなかった。眼鏡おじさんや眼鏡おばさんならいるけど。(言ったら殴られそうなので言わない分別ぐらいは桜来にもあった)
探すなら外に出ないと行けないだろう。どこにいるのか本当にいるかも分からない眼鏡っ子を。何せギルドの依頼だ。簡単には行かない気がした。
桜来の疑問に和音は自慢げに胸を張ってドヤ顔で答えた。
「簡単な理由はここにあるのよ」
そう言って、和音は服のポケットから何かを取り出して顔に掛けた。それは眼鏡だった。読みにくい文字を読む時とかに使っている和音の眼鏡だ。そして、ここに眼鏡っ子が爆誕したのだ。
眼鏡っ子となった和音は不敵に笑んだ。
「ね? 簡単でしょ?」
「簡単だね」
「じゃあ、行きましょう」
受付嬢がなぜ眼鏡っ子を探しているのか。その理由は分からないが一先ずは依頼の達成である。
桜来と和音は依頼書の紙を取るとすぐに受付嬢の元へと向かった。だが、認められなかった。受付嬢はきっぱりと断ってきた。
「駄目よ。認められません」
「何で? 眼鏡掛けてるでしょ? ほらここに。見えないの? あなたの目は節穴でござるか!」
「黙れ!」(ドン!)
「ひいっ!」
つっかかる和音に受付嬢は怒ったが、やり過ぎたと思ったのか深くため息を吐いてから言った。
「あのね、眼鏡っ子は一朝一夕に出来る物じゃないのよ。そんな付け焼刃で眼鏡っ子だなんて、おこがましい」
「一朝一夕に出来る物じゃない!? おこがましいと!?」
和音は大層ショックを受けてしまった。桜来は見ているしか無かった。受付嬢は物を知らない愚かな子供に教え諭すように言った。
「あなたはいつも普段から眼鏡を掛けているわけじゃないでしょう? そういうのはファッション眼鏡というの」
「ファッション眼鏡!」
「和音はファッション眼鏡だったのか」
「眼鏡っ子とはもっと高貴な存在。普段から眼鏡を掛けていて眼鏡が顔の一部になっている子のことよ」
「眼鏡が顔の一部」
「いえ、もう眼鏡が本体と言っても過言では無いわね」
「眼鏡が本体!」
「なんてこと。わたしはとてもその領域までは辿り着けていなかった……」
和音はヘナヘナとその場に頽れてしまった。受付嬢の言葉に責める物は無く、彼女はただ親身に優しく言った。
「だからこれで依頼の達成とは認められないの。どうする? この依頼は降りる?」
桜来の答えは決まっていた。打ちひしがれて膝をつく和音を見ては答えられる言葉は一つしか無かった。
「いいえ、やります。わたしは和音の為にも生粋の眼鏡っ子を見つけてみせる!」
「そう。なら受理しておくわね。期限は今日の日が沈むまでよ。頑張って」
「期限があるの?」
「うん、こちらの都合でね。今夜には眼鏡っ子が必要なの」
「???」
よく分からないが、それが依頼だというなら受けるしかない。桜来は元気を振り絞って和音を誘った。
「行こう、和音。日が沈むまでに!」
「うん」
和音が立ち上がる。そして、二人でギルドの外に出て行った。
人の往来する観光地。人の数は結構多いが眼鏡っ子は見当たらなかった。いつもの冷静な態度を取り戻した和音が呟く。
「これが物欲センサーというものかしら」
「物欲センサー?」
「探している時に限って見つからないということよ」
何とも身に覚えのある言葉だった。ともかくじっとしていても始まらない。
「探しに行こう」
「ええ」
桜来と和音はギルド前を離れて眼鏡っ子を探しに行くことにした。
眼鏡っ子と言えば子供だろう。子供のいそうな場所を探してみた。
図書館、いなかった。児童公園、いなかった。商店街、いなかった。ゲームセンター、いなかった。お城の前、いなかった。大きな交差点、いなかった。
桜来と和音はヘトヘトになって通りのベンチに腰掛けた。
「どうしていないの?」
「これが物欲センサー、恐るべし」
「もう止める?」
「いいえ。でも、せっかくだから観光しながら探しましょ」
「観光いいね」
あちこち回っていたら桜来も観光がしたくなってしまった。思えば自分達は観光地に来ているのだ。このまま観光せずに帰るのはもったいないと思った。
「じゃあ、目的は観光に切り替えて」
「ついでに眼鏡っ子を見つけたらギルドに連れていきましょう」
「決定」
そう決めた時だった。二人の目の前を眼鏡っ子が横切った。桜来と和音はしばらくポカンとして見送って、
「眼鏡っ子ーーー!」
「早く追うのよ!」
慌てて立ち上がって後を追いかけた。これは物欲センサーの切れた効果なのだろうか。考える暇は無かった。
幸いにも見失わずに声を掛けることが出来た。桜来は活発なのだ。和音は疲れていたけど。
「そこの眼鏡っ子。ちょっと待ってー」
「はい? わたし?」
彼女が振り返る。その顔には確かに眼鏡があった。とても馴染んでいた。
それは確かにただファッションで掛けただけといった和音とは全く違う存在感があった。
和音も気づいたようだ。打ち震えていた。
「これが眼鏡っ子……」
少女は中学二年生ぐらいのようだが、あまり物怖じした様子は見せなかった。何か陰キャそうなのに度胸があるなと桜来は思った。
少女が訊ねてくる。
「何かわたしに用ですか?」
「用ってほどのことじゃないんだけど」
「一緒にギルドについてきて欲しいの」
「ギルド。異世界の本ではよく目にする名前ですよね」
「この島にも実在するのよ」
「知ってます」
「知ってるか」
「当然っちゃ当然ね」
ギルドのことはパンフレットに書いてあるので、見ていれば分かる知識だった。
少女は探るようにこちらを見つめてくる。桜来と和音は答えを待った。彼女の足元に猫が歩いてきた。黒い猫だった。
不吉だなと思っていたら、猫が喋った。流暢な日本語で。
「ひかり様、怪しい者に声を掛けられてもついていってはいけませんよ」
「「猫が喋った!!」」
「こら、クロ。人前で喋らないで」
「ニャー」
猫は一声鳴いて引っ込んだ。少女が改めて言う。
「もうバレたから言いますけど、彼はわたしの使い魔なんです」
「使い魔!」
「そんな物までこの地を訪れているのね」
「わたしは夜森ひかりといいます。ギルドについていけばいいんですよね?」
「来てくれるの?」
「はい、わたしこれでも学校では委員長をしているんです。人にはよく頼られてるんですよ」
「ありがたい。ぜひ来て」
少女が前向きなのは助かった。桜来と和音はひかりちゃんを連れてギルドの受付嬢のところへと戻っていった。
結果はとても満足してもらえたようで、サービスで加点までしてもらった。
受付嬢は眼鏡っ子をどうするのだろうと思っていたら、何か夜のパレードの警備をして欲しいとか耳に聞こえてきた。
それが中学生の眼鏡っ子に頼むことなのだろうか。桜来は疑問に思ったが、それはもう自分達の問題とは関係が無い。
眼鏡っ子に出会えて依頼を達成することが出来たのだから。
「夜にパレードがあるなら見ていきたいわね」
「うん、夜になったら見に行こう」
そう桜来と和音は約束をしてギルドを後にした。
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