第4話 混沌の星獣からサインをもらおう
桜来と和音は道を歩いていく。とりあえずスタンプラリーの<冒険者ギルドの依頼を指定の回数達成しようコース>を始めるための登録を済ませようとギルドに向かっていた。
その場所はパンフレットの地図に載っているが、そこそこ歩く距離だった。
それでもバスや人力車に乗るほどではない。観光客の流れに混じって歩いていく。
ふと前方に人の集まっている建物が見えた。どうやら売店があるようだ。桜来はちょっとした興味を惹かれて呟いた。
「売店があるね。何か良い土産物が売っているかな」
「荷物になるから買い物は後よ」
そうクールに言っても、何が売っているのか気になるのは和音も同じだ。何せここは初めて訪れた観光地なのだから。
別に何かを急ぐような旅ではない。桜来と和音は喧騒に誘われるように人々で賑わうその店に向かっていった。
店は結構繁盛していた。入ろうと思っていたが、入口の横で何か気になる物が視界に入って、桜来はちょいちょいと和音を誘ってそっちに移動した。
そこには台が置いてあって、その上に載っていたのはスタンプだった。
「これは……あれか?」
「あれのようね」
桜来と和音はそれぞれに自分のパンフレットを取り出し、ちょっと目を通して確認した。
「やっぱりこれは<町の各地にあるスタンプを押そうコース>の判子だね」
「そのようね。混まないうちにさっさと押してしまいましょう」
どうやら良いタイミングでこれたようだ。桜来はいつもは行列が並んで混んでいるATMにたまたま誰もいなくてすぐにお金が下ろせたときのような解放感でスタンプを押した。
続いて和音も静かな眼差しをしたまま丁寧に押した。
「まずは一つ目をゲットだね」
「この調子で他のも見つかるかしら」
「町の各地のスタンプを押そうコースってのは歩けばいいとして、三大脅威とかはどこにいるんだろうな」
「三大脅威のことはパンフレットに載ってないのよね。人なのか地名なのか現象なのかすら分からない。サインをもらえって事だからサインは出来るんでしょうけど」
「名前を教えてもらえたのはラッキーだったね。ミザリオル、イルヴァーナ、カオスギャラクシアンだったっけ」
「この島のどこかにいるんでしょうね。脅威とは無縁な平和そうな島だけど」
そんなことを話し合っていた時だった。不意に声を掛けられた。ふんわりとした少女の声だった。
「あなた達はカオスギャラクシアン様のサインが欲しいんですか?」
「え?」
振り返って見る。そこにいたのは綺麗な金色の髪をした優しそうな少女だった。彼女は足が不自由なのか車椅子に座っていて、その後ろにはお付きの人だろうメイドの少女がいた。
灰色の髪のメイドさんは目が合うとぺこりとお辞儀をした。桜来もお辞儀を返した。さて、この貴族のようなお嬢様にどう返事をしようかと思っていると、表情を険しくしたメイドさんの方が声を挟んできた。
「キサエル様が訊ねておられるのよ。早く返事をしたらどうなの?」
「ええーー」
向こうから勝手に話しかけてきたのにその言い草は無いんじゃないだろうか。生意気なメイドさんだ。
思っていると、桜来が不満をぶつけるまでもなく、貴族のお嬢様がたしなめていた。
「そんなことを言ってはいけませんよ、ノース。わたしから声を掛けたのですから」
「失礼しました」
メイドさんは素直に謝ってくれた。ちょっと悔しそうにしてたけど気持ちは分かる気はしたので、桜来は余計な突っ込みはしなかった。
お嬢様は改めて温和で上品な仕草で話しかけてきた。
「わたしはキサエル、こっちはノースです。あなた達、カオスギャラクシアン様の話をしてましたよね。最近噂話が聞こえるような気はしてたんですよね」
「えっと、それは……」
桜来は和音とアイコンタクトして少し考えてから決めた。別に隠すようなことではない。お嬢様にパンフレットを見せてスタンプのことを話した。
キサエルさんは少し驚いたような顔を見せてから、納得したように微笑んだ。
「へえ、今こんなことをやってるんですか。噂話の謎が解けました」
「カオスギャラクシアン様にサインをねだろうなんて、人間は何を考えているんでしょうか」
「わたしは面白いと思いますよ」
お付きの少女は不満そうだが、お嬢様の方が乗り気なら何の問題も無かった。桜来は返されたパンフレットを受け取った。
相手はよく分からないけどカオスギャラクシアンの関係者。ここは押すことにした。断られないようにへりくだり。
「それでカオスギャラクシアン様にサインはもらえますでしょうか」
「うーんと、そうですねえ……」
キサエルさんは人差し指を立てて少し考えてから、ポンと両手を叩いて笑顔で決めた。
「ただであげるのもつまらないですし、わたしと勝負して勝ったら差し上げましょう」
「勝負?」
「人類なら誰でも出来る簡単な勝負ですよ」
車椅子に座ってふんわりと微笑む少女はどんな勝負を持ちかけてくるのだろうか。桜来はちょっと警戒したが、彼女の提案してきた勝負は本当に簡単な勝負だった。
お嬢様は車椅子に座ったまま軽く右手をグーにして持ち上げて言った。
「ジャンケンです」
「ジャンケン? それでいいの?」
「はい、一度本場の地球の方とやってみたいと思っていたんですよね。ジャンケン」
キサエルさんの笑顔は純粋で何を考えているのかさっぱり分からない。ジャンケンの相手としては手強そうだ。
振り返ると、和音が警戒しろと目線で訴えてきた。桜来は頷いて考えを決めつつ、言う事は相手に言っておくことにした。
「言っておきますけど、わたしが負けても何も払いませんよ」
「いいですよ。わたしはジャンケンをしてもらえればそれで構いませんから」
「よーし、行くわよー」
桜来は両手を合わせて握って捻って考える。キサエルさんは軽く片手を握って微笑んでいるだけで、何を考えているのかさっぱり読めない。
あてずっぽうで行くしかなかった。
「「ジャンケンポン!!」」
思えば雰囲気に呑まれている時点で勝負は決まっていたのかもしれない。
「これがジャンケンなんですね」
「ちくしょー、負けた!」
桜来は地面に両手を付いてがっくりと項垂れた。
「仇はわたしが……!」
選手交代だ。和音は代わって前に出ようとしたが、その前にお嬢様の方から予期せぬ提案が行われた。
「もう一回やりますか?」
「え? いいの?」
桜来は涙の混じった目を上げる。そこにあったのはお嬢様の女神のような微笑みだった。
「はい、わたしももっとジャンケンしたいですから」
「よーし、そう言う事なら!」
桜来は再び立ち上がる。この勝負は何かがおかしい。和音は止めようとしたが、その前に第2ラウンドが始まった。
「「ジャンケンポン! ポン! ポン! ポン!」」
結局桜来は10連敗もしてしまったが、11回目でやっと勝利をすることが出来た。
「やったー、勝てたーーー!!」
万感の思いで両手を上げて喜ぶ桜来。キサエルさんはじっと自分の負けたチョキにした手を見ていた。
「こんな勝負でも負けると思う物があるものですね。そちらの方、やりますか?」
今まで桜来の方だけを見ていた視線が向けられてきて、和音はビクッとして背筋を震わせた。
目が合って和音は感じた。このお嬢様の底知れない異様な雰囲気を。伊達に三大脅威と呼ばれる者の関係者では無いのだと。
緊張に立ち尽くす和音の背を押した手があった。
「よーし、和音。どーんと行ってやれ」
天真爛漫に笑っている桜来の手だった。その見慣れた顔を見て、和音の中に体温が戻ってきた。勇気を持って戦う相手の前に立てた。
「あなたも11回勝負しますか?」
「いいえ、一回で良いわ。わたしはこの一回で決めてみせる!」
「そうですか。わたしとしてはもっと知りたいんですけどね」
視線を交わし合い、勝負が始まる。
「「ジャンケンポン!」」
お互いに手を振り上げ、それぞれの手を出した。
「…………」
「…………よし」
勝負は和音の望んだように一回で着いた。
勝利した和音に桜来が抱き着いていった。
「やったね、和音ーーー」
「ちょっと離れなさい。ただのジャンケンで喜び過ぎなのよ」
喜びを分かち合う二人の前で、キサエルさんは静かにハンカチで自分の指を拭っていた。
「これがジャンケンですか。こればっかりは外のシールドでは防げませんね」
「キサエル様、お望みでしたらわたしがあの者達を片付けておきましょうか?」
「いいえ、ノース。彼女達はわたしの遊びに付き合ってくれたのです。わたしはもう少しこの余韻に浸っていたいです」
「分かりました」
お嬢様は静かに椅子の背もたれに身を預ける。喜びを分かち合った桜来と和音は少ししてから思い出したように本来の目的を打ち出した。
「それでカオスギャラクシアン様のサインはいただけるのですか?」
「はい、約束しましたからね。呼んでくるのでちょっと待っててください」
車椅子の少女はどこから呼んでくるのだろうか。メイドの少女に呼びにいかせるのだろうか。
思っていると、いきなり空間が爆発したかのように闇が広がった。桜来と和音はびっくりして目を閉じてしまう。
観光地の喧騒が去り、気が付くと二人は全く別の場所にいた。そこは宇宙だった。それもただの宇宙ではなく青く染まった異質の宇宙だった。
『余に会いたいと願ったのは貴様らか』
「「!!」」
驚いて見るとそこにいたのは見知った人物。だが、雰囲気が変わっていた。金色だった髪はこの空間と同じように青く染まり、その体は宙に浮いていた。
瞳は意志の強さを圧縮したかのような赤だった。
今まで様々な書物に触れてきた和音はすぐに事態を察した。
「あの子、憑依されている?」
「巫女だって言うの?」
『お前達の言っている事は分からぬ。だが、余はキサエルとともにいる』
「…………」
目の前にいるのがカオスギャラクシアンだ。この宇宙が何なのかは分からない。だが、やる事は決まっている。
会いに来たのは宇宙の神秘を求めてではなく、サインをもらうためなのだから。
桜来と和音は気分を落ち着けるように意識して深呼吸してから、それぞれのパンフレットを差し出した。
「サインをいただけますでしょうか」
『いいだろう』
「いいの?」
『キサエルがそう決めたのだろう。ならば余に断る理由は無い』
何か思ったよりずっと話の分かる人だった。桜来と和音はそれぞれにサインを書いてもらってパンフレットを受け取った。
『これで良いか?』
「はい、ありがとうございます」
『ふむ、ではな』
再び闇が広がった。気が付くと桜来と和音は元の観光地に戻っていた。
車椅子のお嬢様の髪の色と雰囲気も元に戻っていて、彼女は憑依されていたことなど全く感じさせない気楽さで声を掛けてきた。
「良いサインはもらえましたか?」
「はい、おかげさまで」
「ありがとうございました」
桜来と和音は礼を言って足早に立ち去った。次の冒険が待っている。
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