第3話 超能力者花子さんとの出会い

 桜来と和音は雨上がりの道を歩いていく。暖かい太陽のぬくもりに照らされて辺りは大分乾いてきたが、まだ水たまりはそこそこ残っている。

 ここはマグマク島。その上に築かれた海上都市。そこには日本と変わらない現代的な町並が広がっている。


「本当、日本って感じだよねえ、ここ」

「そうね。海外って感じがしないわね」


 もっともここがどこの国の領土かは桜来も和音も知らないが。何せ海の上にポツンとある島だから。

 ハワイがアメリカ領であるように、もしかしたらここは日本領なのかもしれない。今はどうでも良かった。


「旅行を楽しまなくちゃ」

「そうね。せっかく来たんだもの。この旅行企画の成果を上げなくては」


 二人並んで日本と変わらない町の道を歩いていく。ここは観光地。ゴールデンウィークが終わってピークは過ぎたようだが、観光客は結構いて賑わっているし、日本と変わらない景色でもそこそこ楽しむことは出来た。


「ん?」


 行く先の路上に何か気になる物を見つけて桜来は歩いていた足を止めた。和音も立ち止まり、訊ねてくる。


「どうかした?」

「あの子……何か違うわ」


 見つめる桜来の視線の先。そこにいたのは小さい少女だった。小さい少女が道路に出来た水たまりの傍にしゃがんで水面を見つめていた。

 和音にはすぐにピンと来た。


「あの子、エスパーだわ」

「ああ、その気配だったか」


 桜来にもピンと来た。エスパーと言えばついこの前、ゴールデンウィークの始まる前にエスパーに関する書籍をマグネットから発売したばかりだからだ。


「チョンカかしら」

「チョンカかもね」


 だが、その憶測を当のエスパー本人が否定してきた。口を開くことなく、センスと呼ぶような感覚で。


『違うよ。わたしはエスパーでもチョンカでもない』

「この子、脳に直接話しかけてきてる!」

「エスパーでないならあなたは何?」

『わたしは超能力者よ』

「…………」

「…………」


 違いがよく分からないが、どうやら彼女は超能力者のようだった。

 そして、彼女は訊ねるまでもなく、超能力で景色を見せながら自分の素性を話してきた。




 花子さんは超能力者だ。

 生まれた時から空を飛んだり、別の場所にワープしたり、見えない電波と交信したり、手を触れずに物を浮かべたりすることができた。

 誰にもばれないように能力を使っていたつもりだったのだが、ひょんなことから花子さんが超能力者だということがばれてしまった。

 その日は雨上がりの日で花子さんは水たまりを観察するのに忙しかったんだけど、あまりみんながうるさく言うものだからしかたなくテレビ局に行ってやることにした。

 そこには大勢の人がいて、スタジオに入るなりカメラを向けられた。


「はーい、笑ってくださーい」


 なんて言うものだから仕方なく笑ってやった。笑いに弾けるようにテレビカメラが爆発した。


「わたしの笑顔は100億ボルトなんです」


 騒がれるのも面倒なのでアメンボウでも理解出来るように花子さんは簡潔な説明を試みた。相手はもう笑ってくださいとは言わなかった。花子さんは人間とはあまり会話をしたことは無かったんだけど、その日のことで人間はアメンボウよりも融通が効く生き物だということが理解できた。


「花子さんは超能力を使えるそうですね。それじゃあ、ちょっと見せてくれますか」

「もう見せました。あれ」


 司会者の人にマイクを向けられ、花子さんは仏張面で爆発炎上して消火作業に追われているテレビカメラを指さした。

 さっき笑顔の100億ボルトで爆発した物だ。司会者の望む能力では無かったらしい。彼はすぐにスルーして次の提案をした。


「まあ、あれも超能力の一つですね。それじゃあ、今度はこのスプーンを曲げてくれるかな」

「はい」


 花子さんの前にわざわざ豪勢な台車に乗せられて一本のスプーンが運ばれてきた。花子さんはそれを普通に手に取り、指を当てて曲げた。


「曲がりました」


 花子さんはそれをお茶の間の人達にもよく見えるように向けてやった。


「違うんだよ、花子さん。僕たちは花子さんが超能力でスプーンを曲げるところを見たいんだよ」

「やってみます」


 さっきのも能力を使ったのだが、もっと分かりやすいやり方が必要のようだ。花子さんもそれぐらいのことは理解できていた。人間はあまり融通が利かないのだから。

 司会者の人に新しいスプーンを手渡され、花子さんは超能力でそれを曲げようと念をこめた。

 客席の一番後ろの人の首がクイッと曲がった。狙いを外したらしい。スプーンは細いし光ってるから狙いがつけにくいのだ。

 だから最初に指先で直接スプーンに力を通すやり方をやったのだが、望まれるならこの方法でやるしか無い。幸いにも司会者は一回の失敗を責めたりはしなかった。

 成功するのを待っている。そんな期待を感じたから花子さんも挑戦した。

 6回ばかり失敗したが、7回目でなんとかスプーンを曲げることに成功した。客席からパチパチと拍手が上がった。

 花子さんはあまり人前に出たことは無かったけど、ほめられると妙にこそばゆかった。やって良かったと思った。


「いやあ、凄いなあ花子さんは。それじゃあ、次はこれを持ち上げてくれるかな。超能力でね」

「はい、頑張ります」


 花子さんの前に一つの石が置かれた。花子さんはそれを持ち上げようと念を送った。さっきの今で嬉しくて照れ臭くてつい張り切って力を入れ過ぎてしまう。

 地球が動いてしまった。太陽から遠ざかるように結構な距離を移動した。環境に適応出来ない人間はあっと言う間に滅びてしまった。

 花子さんは最近では氷の降る雨の日に出来る氷溜まりを見ながら毎日を過ごしている。

 氷の星となった地球では今は誰もいない。生き残れたのは環境に適応出来た者だけだ。

 それでも花子さんは今日も誰かに声をかけられるのを待っている。




「「…………」」


 桜来と和音は花子さんの話を聞き終えた。超能力で見せられていた景色が消えて、視界に元の現実の町並みが戻ってくる。

 花子さんは何を思ってこれを語ったのか。先ほどの景色を噛みしめて桜来は言った。


「…………壮絶だな」

「つまり、あなたは地球を一回滅ぼしてしまったのね」

『うん』

 

 花子さんはこくりと頷く。年端のいかない少女のように見えるのに、まるで遠い過去からの旅人であるかのように。

 そして、眼差しを強くして少女は決意を告げた。


『わたしはもう間違えない。わたしはここで水たまりを見つめ続けるわ』

「頑張ってね」

「あなたの幸せを願っているわ」


 そうして、桜来と和音は花子さんとの束の間の出会いを終えて、再び自分達の旅を再開していった。

 花子さんは水たまりを見つめ続ける。その顔には久しぶりに人間と語り合えた安らかさを秘めた笑顔があった。

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