第2話 てるてる坊主に願いを込めて

 山の天気は変わりやすいというが、それはこの海上都市でもそうなのだろうか。

 海の天気の事まではよく知らないが町を散策しているといきなり雲が出てきて雨が降ってきたので、桜来と和音は慌ててすぐ近くの建物の軒下へと避難した。

 大粒の雨がさっきまで乾いていた地面を瞬く間に濡らしていく。

 ついさっきまでは青かったのに今では黒い雲の広がった空を見上げて桜来は呟いた。


「いきなり降ってきたなあ」

「ゲリラ豪雨ね」


 隣で和音も同じ空を見上げて呟く。二人は雨が上がるまでの束の間、話をした。


「なんかゲリラ豪雨って久しぶりに聞いたな」

「夏が来ればまた聞くようになるでしょうね」

「夏か」


 今はまだゴールデンウィークが終わったばかりの時期だが、この海上都市は夏の気候に近いのだろうか。

 少し暑い気はするが桜来にはよく分からなかった。何せ初めて来た島なので。


「こんな時はパンフレットでも見るか」

「そうね。ただネタを探すのでも目的を決めた方がいいかもしれない」


 二人してそれぞれにパンフレットを広げて見る。この島にはクリエイターやキャラクター達がいろいろいて、楽しいアトラクションや観光地や施設がいろいろあるようだ。

 それと巻末にはスタンプを集めるページが付いていた。


「お、集めると何か良い物がもらえるのかな」

「広島の宮島に行った時はおいしいお饅頭がもらえたわ」

「いいね。それ」


 桜来は食欲に目を煌めかせ、さらにやる気になってページを見た。スタンプラリーには複数のコースがあった。


「三大脅威のサインを三つ全て集めよう、冒険者ギルドの依頼を指定の回数クリアしよう、島の各地にあるスタンプを集めようか……三大脅威って何?」

「知らないわよ、そんなの。あなたと一緒にこの島に来たんだから、わたしが知ってるわけないでしょ」

「それもそうか」


 二人ともこの島に来たのは初めてだ。二人の知識は似たようなものだった。桜来は冷静な思考をしようとさらにパンフレットを注意深く見る。

 和音も同じように考えた。静かに見つめる。


「冒険者ギルドの依頼はまずギルドに行って登録しないといけないようね。ギルドの場所は地図に載っているわ」

「島の各地のスタンプを集めようは地道に歩いて集めるしかないね。早く晴れないかな」

「通り雨みたいだからすぐに上がると思うけど」


 二人してパンフレットから視線を上げて空を見上げる。黒い雲は空一面を覆っていていつ晴れるのか二人に全く推測させることをさせなかった。

 それでも諦め悪く空を見上げていると、不意に横から桜来は袖を引かれた。

 和音とは違う方向だ。誰だろうと振り向いてみるとそこにいたのは小学生ぐらいの幼い少女だった。

 背が低いので桜来からは見下ろす形になる。幼いあどけなさのある少女は旅行に来たのが楽しいのだろう人懐こい満面の笑みを浮かべていた。


「大丈夫、雨はすぐに上がるよ。てるてる坊主を作ったから」

「てるてる坊主?」


 嬉しそうに笑う幼い彼女の手には紙を切って作ったてるてる坊主があった。少女はその中の一体を差し出してきた。


「てる太郎はわたしの物だから、お姉さんにはこのてる次をあげる。一緒に雨が上がるように祈って」

「うん」


 少女の純粋な願いを断るほど桜来も子供ではない。これでもマグネットマクロリンクで多くの読者達の思いを見てきているのだ。

 ここは素直にてる次を受け取って、少女の願いを聞いてやった。

 少女はくるりと空の方を振り返って、雨雲に向かっててるてる坊主を掲げた。


「じゃあ、こうやって祈って。雨雲なんかどこか行っちゃえー」

「雨雲なんかどこか行っちゃえー」


 少女に続いて桜来は言った。和音は嘆息したように息を吐いた。


「あなたも子供好きねえ」

「ほら、そっちのお姉さんも」 

「え? わたしも!?」


 てるてる坊主は和音の分までは無かった。だから他人事を決め込んでいたのだが。

 少女の純粋な瞳からは逃げられそうに無かった。桜来も見ている。その桜来の手からてる次を受け取って、和音はちょっと迷ってから仕方なく空に向けて言った。


「雨雲なんかどこか行っちゃえー」

「声が小さいよ。もっとちゃんと願って」

「雨雲なんかどこか行っちゃえーーー」


 さっきよりちょっと声を張り上げると周囲から拍手が上がった。いつの間にか周囲の雨宿り仲間達から注目を集めていた。

 和音は恥ずかしい思いを誤魔化すように咳払いしてから、持っていたてる次を桜来に返した。


「これで雨はどこかに行くのよね?」

「うん、願いは届いたようだよ」


 少女に言われて空を見上げてみると、雨雲が薄くなってきて空には晴れ間が戻ってきていた。

 元から通り雨だったのですぐに上がったのだろうが、それは本当に願いが叶ったかのようだった。そう思える綺麗な日差しが差し込んできていた。

 少女はぴょこんと跳ねてお礼を言った。


「千夏と祈ってくれてありがとう。てる次も喜んでいるよ」

「まあ、これぐらいはね」

「お安い御用だわ」

「千夏、そろそろ行くぞ」

「はあい」


 千夏の両親だろう、父親と母親が呼んでいる。雨は上がったのだからもう軒下にいる必要はない。周囲の雨宿り仲間達もそれぞれの活動に乗り出していた。

 立ち去る間際、千夏は振り返って教えてくれた。


「千夏達はピクニックに行くんだけど、お姉ちゃん達はスタンプに挑戦するんだよね? 三大脅威はミザリオル、イルヴァーナ、カオスギャラクシアンって名前らしいよ」

「それって人なの?」

「そこまでは分からない。近くの人が話していた名前を聞いただけだから」

「そうなんだ。教えてくれてありがとう」

「バイバイ」


 そうして少女は両親と一緒に雨の上がった道を歩いていった。本当に楽しそうな休日の家族の姿だった。

 ちょっと羨ましく思いながら、桜来と和音も自分達の行動を再開することにする。


「まずはどこへ行く?」

「冒険者ギルドに行ってみましょう。何か情報があるかもしれないし、スタンプするのにもまずは登録しなくちゃ」

「おっけー、決まりだね」


 そうして二人は自分達の道を歩いていった。

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