第5話 冒険者の手続き

 この島はどれぐらいの広さなのか。桜来も和音もよく知らなかったが、電車が走っていた。つまり電車で移動するぐらいの距離はあるのだろう。


「宮島よりは広そうね」

「そのようね」


 和音の言葉に適当な相槌を打つ桜来。

 踏切が鳴り終わって上がるのを待ち、二人揃って渡って再び道を歩いていく。

 途中の地蔵の前で<各地のスタンプを押そうコース>の判子があったので押して再び道を歩いていき、目指す建物の前に辿り着いた。

 車の行き交う太い道路、その向こうにしっかりとした大きな建物があった。


「あれが冒険者ギルドか」

「あそこに看板が出ているわ」


 確かに和音の言った通り、建物には看板があって冒険者ギルドと書いてあった。

 冒険者ギルドというだけあって、現代日本のような町並みの中にあっても、ちょっとしたファンタジーっぽさがあった。

 桜来と和音は信号を待ってから道路を渡って建物に入っていく。入口が勝手に開いたのにちょっと驚いてしまった。


「勝手に開いたぞ」

「ただの自動ドアじゃない。驚き過ぎよ」

「それはそうだけど」


 何か冒険者ギルドってイメージと違う。そう思ってしまうのは仕方ない。桜来は気を取り直して歩みを進めた。

 中はまるで市役所のような雰囲気だった。


「すみません、ギルドに登録しに来たんですけど」

「新規登録の冒険者さんですね。まずはあちらの紙にご記入ください」


 受付嬢に用件を伝えるとそう薦められたので、桜来と和音は離れたテーブルに行って記入を行うことにした。

 テーブルの向かいには先に来た少女がいて、その人も冒険者の登録を行うようだった。

 ちょうどいい機会なので桜来は参考にその人のやり方を見ておくことにした。手を止めて様子を伺う桜来に気付いて、和音も手を止めて眺めた。ここまで歩いてきたので少し休憩するのも悪くない気分だった。

 記入を終えて、ペンをペン立てに戻す少女。紙を持って受付に向かっていく。するとその前に立ちはだかった男がいた。

 どう見ても職員には見えない柄の悪い大男だった。彼はびっくりする少女を見下して暴言を吐いた。


「おいおい、今はこんなガキが冒険者になろうってのか? ガキは帰っておままごとでもしてろよ。ギャハハハ!」


 助けた方がいいだろうか。動こうとする桜来の袖を和音が引っ張って止めた。その理由はすぐに分かった。少女を庇うように前に立った少年がいたのだ。

 彼は普通の凡人のように見えたのに、大男を見上げて全く臆せずに言い放った。


「おいおい、見苦しいぜおっさん。体と態度は大きいのにあそこは小せえんだな」

「なんだとこのガキが! 女の前だからってかっこつけんじゃねえぞ!」


 大男が拳を振り下ろす。少年はそれを全く危なげのない動きでさっと避けると、軽く足を引っ掛けただけで大男を転ばせてしまった。

 男は屈辱に顔を震わせて、少年を睨んだ。


「やりやがったな、このガキが!」

「まだやるのかい? おっさん。だったら今度は肋骨の一本や二本もらってもいいよな」

「くっ」


 余裕ぶる少年。大男は屈辱に唇を噛む。どちらが強いかは明白だった。考え無しの荒くれ者でも懸命な道を選ぶぐらいには。


「覚えていやがれ!」


 大男はありふれた冴えない捨て台詞を残して退散し、場には落ち着いた空気が戻ってきた。


「素敵です、ナローシュ様! 暴漢は死ね」

「俺、何か凄いことをしたか? こんなの全然たいしたことないぜ!」


 目をキラキラさせてヒーローを見る少女が紙の提出をしそうに無いので、桜来と和音は書き終わった紙を先に受付に提出することにした。

 受付嬢がパソコンを打って応対する。


「登録を受理しました。まずはテストを行いますのでこの中から一つのミッションをお選びください。この中の一つをクリアすることで冒険者として認定いたします」


 紙にはそれぞれミッションが書かれてある。とは言っても観光地のことなのでどれもアトラクションのようなものだ。

 屋敷からの脱出、絶叫マシンの制覇、山の登頂。いろいろある。桜来は和音と相談して決めることにした。


「どれにする?」

「なるべく疲れなさそうでのんびり出来そうなのが良いわね」

「じゃあ、このイチゴ狩りにするか」


 そうして桜来はいくつかのミッションの中から一番楽そうでのんびり出来そうな<イチゴ園でイチゴ狩りをして指定の数納品すること>を選んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る