城崎で暮らす

なの

第2話

23になる。

お酒もタバコも呑んで3年が経つが、両方ともあまり好きではない。嫌いでもない。仕事上毎日お酒を飲む人を見るし、時々「タバコの匂いが無理」というクレームを受けたりするけれど、どちらの気持ちもわからない。

時々ただなんとなく、のんでみるだけ。

そのほうが画になると思って。

時々唇をグラスに寄せたり、煙を吐いたりするだけ。

「誕生日プレゼントはなにがいい?」

友人がきいてくれた。特に思いつかなくて夕飯を奢ってもらうことにした。

車で10分の回転寿司。仕事終わりに行ったので夜遅く、蛍光灯がやけに眩しかった。私が頼んだ鰯はすぐにきて、銀色の身に光が反射した。安っぽくキラキラした寿司は美味しかった。奢りだけど遠慮はしない。


帰りにコンビニに寄って、2人でアイスを3つ買った。1つは私、1つは友人、もう1つは友人とほぼ同棲中の彼氏。

「明日休みなんだ。」と私

「えーずるい」

休日の数に変わりはないんだし、ずるくはないだろう。この子は私と少し違う。そして話し方が時々甘えるように可愛くなる。

「いいでしょ」

「はあ〜いいなあ。明日も仕事だあ。あたしはアイスを楽しみに1日がんばるよ。」

「うん。」


翌日、予定はないのにカレンダーには丸がある。誕生日だから。

朝お客を見送って、客室の掃除をして、お昼を食べた。

そして午後から明日の16時まで休み。部屋の掃除と洗濯と…やりたいことよりもやらなくちゃいけないことを先に考えるようになったのは大人になったということだろうか。

部屋は1Rだし、洗濯も1人分なので家事はすぐに終わった。


温泉寺へはロープウェイに乗るか、山道を登るかの2通りの方法でいける。何となく薬師寺横の石段を進んできた私は後悔しながらゼイゼイと山を登り、温泉寺へ着いた。思いがけず汗だく。体力ないのによくきたなあ。帰りは温泉でも行ってこの汗を流そうか。

33年ぶりの本尊のご開帳だそうだ。住職の説明を聞きながらお寺を見て回る。

子供の頃からお寺は怖かった。今でも1人だったら怖くて観音様の前に立てないだろう。細い視線や長い腕など、異形らしい大きいものが薄暗がりの中にいるのがこわい。でも、仏教の知識が生活とともに身につくに連れて段々と美しいありがたいものと思えるようになった。


祖父の家には黒い観音様の顔が飾られていた。

子供の頃遊びに行くたびに怖くてまともに見られなかった。

祖父が死に、家の整理をしにいくと父は観音様を壁から取り外し、私の目の前に差し出した。

「父さん、昔から美人だと思ってたんだ。これもらって帰ってうちに飾ろうかなあ。もうお前も怖くないだろう。」

私はその時高校生だった。何度か父にうなづいてみせたが、父は観音様を持って帰らなかった。ビクビクしていたのが顔に出ていたんだろうか。それとも遠くから見ていた姉が「キャー!怖いからイヤー!」と言ったからだろうか。


「なぜ33年なんですか?」

ふと住職に聞いてみた。観音様を左から見ている時だった。

答えに興味はないけれど、ビクビクしているのを悟られたくなかった。たった一人の客のためにマニュアルをそらんじているのが住職を哀れにみせた。話がしたかった。

「そりゃ33年と昔から決まっているからです。」

「なんだこいつ」という顔。見慣れた顔。少し観音様に似ている。

ちょっと聞いてみただけじゃないか。そんなに怒るか。腹がたつのでわざとキョトンとしてみせた。首を傾げた私に向かって不機嫌な住職は話し始めた。

「京都の三十三間堂ご存知ですか?あの有名な。33というのは仏教で無限を表す大事な数字なんです。だからあそこなんか柱の数も33本に…」

へぇ。

「そうなんですか。それは知りませんでした。」

「33年間閉ざされている間にですね、観音様は色んな姿になってこの世の人々を救って下さるんです。宝物館の方にね、33体の観音様を表した像がございますからどうぞみていってください。」


宝物館は寒かった。33体の像とその他色々が並んでいて、オタクのコレクションのようにぎゅっと寄り集まっていた。その1体1体の像を見ながら先ほどの住職の言葉を思い出していた。

「33は無限を表すんです」

今日23になる私としては、無限まであと10年足りない、ということだろうか。

無限、ありとあらゆる、完全…

今の自分に足りない色々があと10年ぐらいで身につくんだろうか。

自分に足りない色々とはなんだろう。


はぁ〜。昼間の温泉サイコー。

一の湯の露天風呂は洞窟湯と言って、天井・壁・床がゴツゴツした岩になっている。薄暗いお湯に一筋、一箇所だけ陽光が指す場所がある。

これはきれいだ。

絵の中に飛び込むように、光の中へじゃぶじゃぶ進んでいった。

熱いお湯

眩しい日差し

濡れた顔に当たる風が涼しくて気持ちいい。

23になった。足りないものがたくさんある。でもそれが何かわからない。お風呂が気持ちいい。

これから寒くなるな、と思いながらお湯からあがった。帰ったら去年のコートと冬靴を出しておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

城崎で暮らす なの @nanohakawamichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ