異世界転移 53話目




「槍隊、もっと腰をいれろ!」


「盾の構え方はこうだ! 絶対にこの構えを崩すな!」


「弓隊、的に当てようと思うなよ! 的の辺りに集中出来れば良い、それよりも隊長の合図に合わせて射つことに集中しろ!」


元大公家跡地、現フェルデンロット男爵及びシュタインベルク子爵家の屋敷建設予定地に1万を越える者達が集まり、騎士達や冒険者達によって練兵を受けていた。




「……勇壮、とはとても言えんな。」


「このような者達に兵士が務まるのか?」


「2年……3年ほど訓練すれば半分はなんとかなると思うが、な。」


そして王宮内での話し合いから1ヶ月後、国王とロットリッヒ辺境伯にアイヒベルク侯爵はフェルデンロット男爵、ケンが新しく編成するフェルデンロット地方軍の閲兵に来ていた。


騎士達や冒険者達の掛け声は響いているが、肝心の新兵達の声はほとんど聞こえてこない。


なぜなら新兵達のほとんどが20代や30代なのだが、中には40代に入ってる者達までいたからからだ。


そして女性もそれなりにいるのだが、よくよく見ると中にはただの農民の女房だろう? っと言った者達もいて、これでよく軍と言えるといった感じであった。


「肝心のフェルデンロット男爵が居ないようじゃが?」


「シュタインベルク子爵も居ないようですな。」


「ヘルダ殿も訓練が始まって早速ここに来てるそうですが、見当たりませんな。」


話し合いの1週間後に始まった練兵に、初日からヘルダは参加していて。


そしてシュタインベルク子爵こと勇者フェリクスも10日後から参加していた。


「陛下! 辺境伯様!」


「ん? あの者は……見たことが有るな。」


「あれはアランではないか、そう言えば練兵の指揮を取っているとのことだったな。」


近づいてくる騎士に近衛騎士達が立ちふさがろうとしたが、アランは少し離れたところで立ち止まり一礼して許可を待つ。


それを見て国王が合図をすると近衛騎士達は退きアランはローデリヒ国王達の前に進んでくる。


「陛下、この者はアランと言い元々はミラーナの護衛騎士をしておりました。」


「おお、それで見覚えが有ったのか。


それでアランよ、男爵や子爵はどうしたのだ?」


「そ、それなのですが……男爵はすねて屋敷で寝ています。

ミラーナ様やフェリクス様達も説得のために屋敷に行っていて、ここには不在です。」


「「「……はぁ?」」」


アランの言葉に当たり前だが驚いた国王達は何が有ったのか聞き、アランから聞いた話に頭を抱えるのだった。




「ミラーナ様、ケンは今日も部屋から出てこないのですか?」


「もう3週間よ、言い出したケンが居ないんじゃ、兵士達の士気にも関わるわ。」


「フェリクス様、パトリシア姉さん、ケンの書斎に入ろうとして怒られるのです。


クリスにチェルシーも心配してるのですが、1歩も書斎から出てこなくって……。」


フェリクスとパトリシアの言葉にミラーナが困って答える。


それを見てヘルダがクリスに聞くと、


「あの小僧は何してるんだい? それすらも答えないのかい。」


「それが、大事なものを書いてるからもう少し待ってくれと言って……食事なんかも書斎の中で保存食を取っているようでして……。」


っとクリスが答え、クリスも困った顔をする。


すると辺りを走り回っていたチェルシーが突然に立ち止まり、フェルデンロット男爵邸建設予定地の出入口に向かって走り出した。


「主人様! 訓練しますのです!」


「おーうチェルシー、お前ミラーナに中途半端な礼儀作法を教わってるから、話し方が変だぞ?」


「主人様より変じゃないから大丈夫です!」


「はっはっはっ!」


「キャフン!?」


ケンはチェルシーの言葉を聞くと、一瞬でチェルシーを捕まえて尻尾を引っ張り始めた。


「引っこ抜いてみるか!」


「た、助けてください! チェルシーは本当の事を言っただけです! キャイ~ン!!」


チェルシーを抱えて尻尾をグイグイ引っ張りながらやって来るケン、チェルシーがマジ泣きし始めたので慌ててクリスが走りよりケンの腕からチェルシーを助け出す。




「チェルシーの奴、最近俺をなめすぎだな……本当に1回尻尾を引っこ抜いてみるか?」


ケンはボソッと周りに聞こえない様にそう言う、するとクリスに助けられて満面の笑みだったチェルシーは真っ青になるとクリスの腕から抜け出してケンの体に抱きついて顔をペロペロとなめ始める、泣きながら。


「クゥ~ン、クゥ~ン……。」


「おお、どうしたチェルシー、何か怖いことでもあったか?」


「あんたがビビらしたんだろうが! 小さい子を虐めるんじゃないよ!」


ケンがとぼけてそう言ってると、ジャンナがやって来てチェルシーを奪いクリスに預ける。


「おい、どうしたんだ?」


訳が分からずにフェリクスが聞くと、ジャンナはあきれながら説明する。


「このバカは獣人のチェルシーには聞こえる様に、チェルシーの尻尾を引っこ抜くって言ったのさ! だからチェルシーはビビってケンにゴマをすり始めたんだよ。」


「ハッハッハッ、ナニヲショウコニソンナコトヲ?」


「ご主人様、どもってます。」


「アホなことしてるなよ……それでケンは屋敷に篭って何してたんだ?」


フェリクスがあきれながらそう言うと、ケンは嬉しそうに何枚もの大きな紙を取り出して、近くに有ったテーブルの上に並べる。




「設計図だよ! 屋敷の設計図を書いてたんだ!


ほらフェリクス、お前の屋敷の設計図も書いといたから、気になるところや変更して欲しいところがあったら遠慮なく言ってくれ!


書き直すからな!」


ケンの言葉に驚きながらフェリクス達は紙を見る。


そこには屋敷の設計図が書かれており、様々な数字も書かれていた。


「こいつは建築図面の基本設計図だ、俺の屋敷はミラーナにクリス、マックス達の意見を聞いて、フェリクスの屋敷はもちろんフェリクス達の意見を聞いてからさらに建築現場の測量等をして実地設計図を書く。


そのあとは竣工図を建築しながら書いていき配管や魔方陣の設置場所等の細かい修正場所を記載していく、こいつは将来の増築対策だからなフェリクスが大事に保管しとけよ。」


「お、お前こんなことも出来るのかよ……。」


フェリクスは驚きはそう言うと、周りの皆を見る。


周りの皆は驚き声も出せないようだった。


「ハハハ……まぁ、設計図なんかは本来は俺の専門じゃないんだけどな?


祖父や世話になった爺さんに建築士……設計も出来るようになれて一人前の大工だって言われてな? 勉強はしっかりとしてたんだ、それでフェリクスよぉ、ここに一応概算だが建築費用も出しといたぜ。 俺の人件費は友人価格にしといたからな、安心してくれや!」


ケンの言葉にフェリクスは驚きながらも建築費用の一覧を見ていく、そしてある場所に目がいくとピシリっと固まるのだった。


「おい、お前は今友人価格でって言ったよな?」


「ああ、格安にしといたぜ。」


「……お前の給料が白金貨で100枚って書いてあるが、これのどこが友人価格なんだ!?」


「「「100枚!?」」」


フェリクスの言葉に全員が驚愕するが、ケンは両手を軽く上げて落ち着けとフェリクスに言いながら自分の給料について説明をする。




「おいおいフェリクス、白金貨100枚が高い訳ないだろう?


屋敷が完成するまで2年はかかるから、それで割ったら1ヶ月に白金貨4枚ほどだぞ。


自分で言うのもなんだが、俺ほどの腕を持つ大工は早々居ないんだぜ? その俺が完成するまで責任をもって監督と施工をさせてもらうからな、安心してくれや! ……あれ?」


ケンは自信をもってそう言ったが、周りに居る全員から信じられないものを見る目で見られているのに気がつき、全員を見回す。


そして―――


「いや小僧、それはダメだろうよ?」


「お前、本当にアホだな……。」


「あなたが監督と施工って、なに考えてるのよ!」


「ご主人様、貴族のご主人様がそのような事をなさっては……。」


「ケン、フェルデンロットの、ロットリッヒの恥になるからやめて。」


「わんわんわん! わおーん!」


全員に止められるのだった。


チェルシーはただ吠えたいだけのようだったが……。


なんにしろ貴族になったケンが設計や監督をするのは100歩譲って問題ないが、現場で働くとなると問題外だった。


こうして全員にダメ出しを受けて、大工として現場で働くのを止められたケンは屋敷に引きこもったのである!




「な、なんと言えば良いのかのぅ……。」


「いや、無理に言い換える必要は有りませんな、ひと言アホな奴だで済みます。」


「それで、ケンは部屋から出てきてないのか?」


国王、アイヒベルク侯爵はそう言ってあきれ、ロットリッヒ辺境伯もあきれながらアランに聞く。


「はい……最初はそのうちに出てくると思っていたのですが、この1週間は返事も無いそうでして……。」


「へー、誰か引きこもってるのですか? 大変ですね。」


「うむ、男爵は変に子供っぽいところが……うん?」


国王は横から聞き覚えのある声で呑気な事を言う者に答えていたが、気になってそちらを見る。


するとそこにはフェルデンロット男爵、ケンが立っていた。


「だ、男爵!? 引きこもっているのではなかったのか?」


「はぁ? 引きこもってなんかいませんよ……変な噂を拡げないで下さいよ。」


ローデリヒ国王の言葉に嫌そうな顔をして答えるケン、そんなケンにロットリッヒ辺境伯が質問をする。


「それではこの1週間、何をしていたんだ?」




「ちびっこ達が鍛えてくれってんで、近くの森で色々教えてたんですよ。」


そう言ってケンは後ろを指し示す、そこには百人以上の子供達が居たのだった。



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