【73】キャンプと自慢と嫉妬と(前)

芦ノ湖に面した【箱根園】に到着し、

"日本一の山が見える場所にこい!"という太郎の指令を元に、指定の場所に向かうと太郎となっちゃんがニヤニヤと笑いながら出迎えてくれた。ニコニコ笑顔で手を振りながら二人へと挨拶をしているはるさんとは違い、真顔の俺を見てすかさず太郎が近づいてくる。


『あれ~稜?…稜さん?…稜様?!なぁに?まだイライラしてるわけ?ごらんよ~はるちゃんの、この輝く笑顔を!久しぶりに会ったけどやっぱり可愛いな~?夏子とは違う魅力があるよね~。なっちゃんと芦ノ湖眺めてニコニコ話してる姿なんて、まさに二人の女神降臨!って感じなのに、いつまであなたはプンプンしているのでしょうかね?』


確かに、はるさんは凄く楽しそうだ…

散々車で俺の長話を聞かされて、

いたことからの解放…?

車の中では見せてくれなかったイキイキと

した美しい笑顔を見せている…。

これはさすがに悔しい…。


「本当ならさ、今頃はるさんと初めての東北地方!福島旅行を楽しんでいたわけですよ!ところが…ホワーィ?何故俺は箱根にいるんだ?悪魔の様な男の電話一本で…!俺の車知ってるだろ?可愛くて気に入っているけど

めっちゃ小さいじゃん?運転意外と疲れるんだからな!わかるか~?」


そんなに疲れていた訳でもないがとりあえず苦労してここまで来てやったんだぞ?ということを伝えたかったのだが、何故か太郎は

ニヤニヤとしながら俺の肩に手をかけてベタベタと触ってきた…


『…稜!!良くぞ僕に車の話を

ふって下さいました!』


なんだ?今日の太郎はいつにも増して

ニヤニヤとしてテンションが高い…


「え?なに?別にふった覚えはないぞ!てか男にベタベタされて喜ぶ趣味ないから離れろ!ちょっと今日のお前、怖いんだけど…」


『同じ釜の飯を食べた中でしょ?そんな冷たいこと言わないの~。それよりも稜様に見てもらいたい代物がありまして…それでわざわざここまでお越し頂いた訳でございます!』


「そんな、高校の強豪部活校みたいな生活をお前とした覚えはない!それに太郎の口から丁寧な言葉…ますます怪しさ120%なんだけど…その見せたい代物ってのはなんなの?」


『ちょっと、こちらへきてもらえますか?』


太郎はそう言うと、俺が車を停めた駐車場に

向かって歩きだしていく。

自分の可愛い愛車を通り過ぎたと思ったら、

突然太郎が一台の車の前で立ち止まる。

そこには、大きめの白いワンボックスカーが

停められていた。


『稜、このワゴン車どう思う?』


「どう?んー、そうだな…こんな大きい車なら運転も楽そうだし、はるさんとのドライブも快適だろうな~?とは、思うよ?」


『そうだろ、そうだろ?!しかもだよ!この車が俺のだとしたら…稜?驚くよな?』


「え??ま、…まさか?!」


『我が親友よ、そのまさかよ!

太郎さん、買っちゃいました~!!』


「はぁ?お前、冗談は顔だけでいいから!

って、本気で?…マジかよ!」


『そんな、しょうもない嘘ついても虚しいだけだろ?正真正銘、僕の車っす~♪』


「…太郎?お前、あの自慢のドイツ車はどうした?めっちゃ気に入って買ったあの黒いドイツ車は?」


『あの黒車ちゃんとは、お別れをしてしまったのだよ…それはそれは悲しい別れだった。

あれはこの前車検で黒車ちゃんをディーラーに持って行ったその時だった。この車が目立つところに展示してあってな、俺の担当の営業のヤツがこの車を紹介してくるわけよ。本当、黒車ちゃんには申し訳なかったんだけど俺、こいつに一目惚れしちゃってさ~。それで、すぐなっちゃんに電話したんだよ。

"バカなこと言うな!"って怒られると思ってたのにまさかの"私もその車見たい!"とか言い出して、仕事早退して夏子も見に来たの。で、夏子もえらく気に入っちゃってさ~黒車ちゃんには申し訳ないのですが、長らく乗ってガタがきていたこともあったし、サヨナラすることになりました。そしてこの車ちゃんの購入を決めちゃったと言うわけですよ~』


「…もしかして太郎?この車を俺達に自慢する為だけにここに呼んだとか言うなよな?」


視線を反らし、アニメのように口笛を吹きながら見事にそっぽを向いている太郎。


「まさか…マジかよ!!」


俺はこいつの車自慢を聞く為だけに、はるさんとの楽しい栃木県の旅を途中で止め、はるばる箱根まで来たのか。究極の虚しさに、呆れすぎて怒る気にもなれない…。

しかし…、親友が新しい車を買ったというのはとてもめでたいことだ。嫌がるはるさんを無理やりここに連れて来たわけでもないし、ここは少しだけ車自慢を聞いてやるかな…。


「そこまで俺に見せたかったのか~太郎?」


太郎は目を輝かせながら、小刻みに頷いた。

それからしばらく、太郎の車自慢が続き欠伸が出そうになったその時、はるさんとなっちゃんがコーヒーを飲み終えて帰って来た。

はるさんも、なっちゃんから話を聞いていたのであろう。俺に"ただいま~"と一言残し、さっさと太郎の車の方へと行ってしまった。

さ、寂しすぎる…なんという虚無感…!


車に興味津々なはるさんは、早速太郎に車内を見せてもらい、目を輝かせている。


『稜さん?凄い!キッチンもあるし、簡易式のシャワーやトイレまであるの~!ベッドも寝心地良さそうだし、最新のキャンピングカーって、小さなホテルの部屋みたいね!』


はるさんの喜ぶ姿を見た太郎は、

上機嫌でさらに車の自慢を続けている。

何なんだ、この疎外感は…

俺の我慢もそろそろ…限界だ!!

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