その3

 依頼人は気に入らないが、幾分自身も、

『桂木澄香』の過去が気になったのは事実だ。


 その好奇心も相まって、この依頼を引き受けることにした。


 彼女が今住んでいるらしい町を突き止めるのには、それほどの手間もいらなかった。


(そのテクニックを教えろ?仕方ないなぁ。テレビ局、旧所属事務所、友人知人、そんなところを当たったのさ)


 で、結局、


『その町』に行き着いた。

 日本海側に面した、京都市内からJRの在来線で一時間ほど揺られたところにあった。

 ほら、昔日活や東宝の映画に出てきたろ?


 列車を降りると、軒の低い瓦屋根で木造の駅舎があってさ、

(流石に駅舎は木造でもなく、瓦屋根でもなかったが)


 駅前には食堂と喫茶店、そして小さな商店街が並んでいて、交番があって・・・・


 正に今そこから三木のり平風の巡査が自転車に乗っているとか、セーラー服姿の吉永小百合や、頭に手ぬぐいをあてた森光子が歩いている・・・・そんな光景に相応しいような町だった。


 俺はまず交番に立ち寄る。


 流石に三木のり平ではなかったが、背の低い、眼鏡をかけた、如何にも人の好さそうな顔をした若い警察官が応対をしてくれた。


 俺は認可証ライセンスとバッジを見せ、探偵だと名乗り、桂木澄香の写真を見せても、特別胡散臭そうな表情もせずに、お茶まで出してくれ、


『ああ、前川花枝先生の事ですな』と、いとも簡単に教えてくれた。

(都会のすれた警官おまわりとは、偉い違いだ)


 前川花枝・・・・どうやらそれが”女王様”の本名のようである。


 何でもこの町・・・・人口は約1万5千人だという・・・・に、一軒だけある助産院の院長が、その前川花枝だという。


 彼女はもう10年近くこの町で開業しており、その腕の確かさから、近隣の町からも女性たちがお産のためにやってくるという。


『小さな町ですからね。ここらで前川先生に取り上げて貰ってない子供はいないくらいですよ』


 若い巡査は地図を出して、丁寧に道順を教えてくれた。


 ひなびた町ではあるけれど、人通りもそれなりにある。


 俺は教えて貰った通りに歩いてゆくと、10分ほどで行きあたった。


 ブロック塀に囲まれた、どこから見てもごく普通の日本家屋にしか見えない。


 門の脇には、


(前川授産院)

 という看板がかかっている。


 しかしこんなところに男が一人で入るというのは、どうも躊躇ちゅうちょしてしまうものだ。


 どうしようかと俺が思っていると、何人かの妊婦と思われる女性が中へと入ってゆく。


中には夫らしき男性が付き添っている若いカップルもいた。


俺が迷っていると、


『あのう・・・・失礼ですが、何か御用ですか?』


 背後から声がした。


 振り返ってみると、そこには自転車を押した20代後半と思える白衣姿の女性が、不思議そうな眼差しをこちらに向けていた。


 色白の肌。尖った顎、心持ち切れ長の目。なかなかの美人だ。


 俺は認可証ライセンスとバッジを提示し、自分の名を名乗る。


『先生に会いに東京からいらしたんですか?わざわざ遠くからご苦労様でした。


 まあどうぞお入りください』


 彼女はこっちが恐縮するほど深々と頭を下げ、にっこりと笑い、玄関の扉を開けて

くれた。


 中にはさっき入っていった他に、もう三組ほどの妊婦が12畳ほどの板の間の長椅子に腰かけて診察の順番を待っていた。


 こういう場所に入るというのは、探偵稼業を始めてから、いや、生まれて初めての経験だ。


 室内にはゆったりとしたクラシック音楽が流れ、良く整頓されており、ほんのりと心を落ち着かせるような香りが漂っている。


『午前の診察はもうすぐ終わるんです。しばらくこちらにかけてお待ちいただけますか?』

 彼女はそう言って、自転車の荷台から下ろした黒い鞄を下げ、

『診察室』


 と名札の出た部屋のドアをノックすると、

『先生、只今戻りました』と、中へと入っていった。




 



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