その2

『裏話があるんだろう?』俺が訊ねると、彼は嫌な笑いを浮かべながら、


『そんなものはない・・・・といっても信じては貰えんだろうから、はっきり言うよ。なんてことはない。今度放送する新番組の目玉に彼女を引っ張り出したいんだ』


 と、テレビ局のロゴが入った封筒から企画書のコピーを取り出しながら言った。


 勿体ぶった割にはなんてことはない。


 良くある『あの人は今?』的な番組である。


 つまりは過去の有名人を探し出して、その後を取材するという、ありふれたバラエティだった。


『しかしあの手の番組も最近ネタが尽きかけてきてね。数字しちょうりつが取れない。そこでまあ、ここらで目玉が欲しいって訳なのさ』


 そこで、かつての『女王様』こと、桂木澄香を引っ張り出そうというのだが、俺はどうにも気乗りがしなかった。


 一時騒がれても、忘れられて消え去った人間の、それもあまりいい思い出がないであろう世界の頼みを、そう易々と受け入れてくれるだろうか?

 そんな人間を連れてくるなんて、どう考えても悪趣味としか思えない。


 しかし、俺だってこの仕事かぎょうで、碌を食んでいる人間だ。銭は稼がないと生きていけない。そうそうやせ我慢を気取っている訳にもゆかないのだ。


『・・・・分かったよ。ギャラはいつも通り・・・・いや、気乗りしない依頼を引き受けてやるんだ。幾らかをつけて貰うぜ?』


 

彼女の行方を探る前に、その人となりについて、色々と調べて回った。


ゴシップだの、雑誌の記事も一通り当たったが、どれもおよそ信用におけるとは思えない。


 やっぱり自分の目と耳で集めるのが一番だ・・・・・そう思ったのだが、その”無責任な噂”が、全部その通りだなんて、思ってもいなかった。


 彼女の本を出した出版社の担当編集、テレビ局のAD、メイク係、ファッションコーディネーター。挙句は所属していた事務所の元マネージャー、社長・・・・どこもかしこも、


『あんな嫌な女はいない』


『自分の失敗は誤魔化す癖に、他人の失敗はしつこく責め立てる』


『ケチ』


『嫉妬深い』


他人ひとのアドバイスや忠告をまったく聞かない』


・・・・・


 もっとあるが、まあこのくらいにしておこう。


 聞いてるだけでうんざりしてくる。


禁じられた『はこ』を開けてしまったパンドラが、ありとあらゆる『災い』や『罵り』の言葉を聞いたというが、その時の俺は正にそんな気分だった。


『そんなことはありません。あの人はいい人ですよ』


 ところが、たった一人、そんな声を拾った。


 かつて彼女の付き人を二年ほど勤め、その後演技力を見込まれて別の事務所に移籍し、今では立派な脇役俳優として、舞台や映画などで活躍している、T子という女優の言葉である。


『センセイ(T子は今でも彼女のことをそう呼ぶ)は私にはとても優しくしてくださいました。メイクの仕方からセリフの覚え方、その他にも色々と細かく教えてくださったんです。今私があるのは、センセイのお陰なんです』


 意外な声を聞いたもんだ。


 まさに『はこ』の片隅に一つだけ残った『希望』の如しである。


 T子は数年前まで彼女とは手紙のやりとりをしたり、時折電話もかかってきたという。


 始めは渋っていたが、俺は何とかT子を口説き落とし、桂木涼香の住所を聞き出すことに成功した。






 


 


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