幸福な女王様
冷門 風之助
その1
『女王様を探してくれ?』
俺は危うく受話器を手から落としそうになった。
元々突飛なことを言い出す男だというのは理解していたが、それにしても今回の依頼は、さっぱり要領を得ん。
(仕事の依頼なんだぜ。頼むよ乾。こんな仕事、お前ぐらいしか引き受けてくれる人間がいないんだから)
つまり、俺は頼られているというわけか・・・・でもこのフレーズに弱い俺でも、今回ばかりはそう簡単にぐらつくわけにはゆかない。
何しろ相手が相手だからな。
彼は・・・・いや、いつも通り本名はよしておこう。
依頼人は依頼人だからな。最低限の仁義がある。
つまり、守秘義務だ。
まあ、
『仮名・
彼の職業は一応テレビ局のプロデューサーである。
俺こと、
あちこちから仕事を頼まれ、その中には『顧客』といえる存在も出てくる。
この男もそんな『顧客』の一人なのだが、どうも好きになれないタイプの男だ。
幾つかの人気番組を手掛けたこともあって、業界ではそこそこ名が知れている。
彼は俺を自分が勤務しているテレビ局のはす向かいにある喫茶店に呼び出し、
いきなり『女王様を知ってるか?』と来た。
『悪いが俺は女をそんな呼び方で崇め奉るような趣味は持っちゃいない』
素っ気なく答え、あまり美味くもないコーヒーを啜った。
『じゃ、”桂木澄香”ならどうだ?』
その名前なら、いくら芸能界に
ただ、才能のある人間が、必ずしも性格までいいとは限らない。
つまりは中村Pの言葉を借りれば、
『女王様』になってしまったと、まあそういうわけだ。
何しろ彼女はメインキャスターを務めているニュースバラエティを週に三本。
主演ドラマを週に二本。
メインパーソナリティを務めているラジオ番組を週に同じく二本も持っていた。
大作映画の準主役も務め、その内の一本は海外でも高い評価を受けた。
加えてレギュラーで出ている番組、本の執筆、講演会と、それこそ毎日寝る間もないくらいだった。
彼女無しではテレビ界、ラジオ界も回っていかないと言っても、恐らく言い過ぎではなかった。
それで『女王様になるな』といっても、まあ無理だと言えるだろう。
しかし、あの業界と言うのは、新陳代謝の激しいところでも知られている。
人と脅かすものが現れるにつれ、出演番組は減り、発表した曲は売れなくなり、本も出版部数が減っていった。
幾ら才能があったとしても、そうなれば落ち目になるのは日の目を見るより明らかなのは、歴史が証明している。
結局、桂木澄香が活躍出来たのは、十五年にも満たない年月で、今ではもう
完全に、
”忘れられたスター”の一人に名を連ねてしまったというわけだ。
『で?俺に何をしてくれというんだね』
俺は中村Pが差し出した彼女の著書、
『勝ち抜くためのおんな術』の頁を繰り、カバーの最後に載っている如何にも『才女』という彼女の写真を眺めながら、素っ気なく答えた。
『彼女を探し出して欲しいんだよ。勿論料金は弾むぜ』
彼は下心まるだし、と言った表情で俺を見ながら言った。
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