そんな幼少のみぎり
「……どっかへ行くのかよ?」
「ちょっとそこまで、な。お前も来るか?」
こてりと首を傾げた彼に「当たり前だろ!」俺は声を張り上げた。くすくすと笑った彼。いつだって柔らかな笑みを崩そうとはしなかったことを、今でも思い出す。
「それじゃあ着替えておいで」
着替えた俺の手を取って、彼はゆったりと歩き出した。
「どこ行くのさ?」
「商店街に行くつもりだったけれど」
「なに買うんだ?」
「人参、じゃが芋、玉葱、茸、スパイスはまだあったから牛乳をだな」
「シチューか」
「シチューだ」
指折り数える彼の作るものを言い当てれば、彼は歯を見せて笑う。そういう笑い方をするときは、彼の姿はその年齢よりも幼く見えた。
彼が十八、俺が八の頃だった。
「天使くん、今日は一人じゃないんだな」
「さすがに俺一人で持つには重いからなあ」
「そっちの子は弟か?」
「俺が育てた子供さ。賢そうな顔の子だろう?」
「将来有望そうな顔だことで!」
八百屋の親父に頭をガシガシと乱暴に撫でられて、俺はむっつりと唇を尖らせて髪の毛を整える。彼と親父は視線を見交わして、にやりと同じように笑ってみせた。ますます不貞腐れた俺の頭を、彼は梳くように撫でた。
見世物小屋はあちこちを転々としていたが、彼はどうやってなのか、新しい街に着くたびにあっという間にその街の住人たちと打ち解けていた。俺はその余波を受けて同じように可愛がられることが多かった。
小さい頃はその可愛がり方をそれなりに迷惑に思っていたのだけれど、彼らの態度が好意でできていることも知っていたから、手を振り払うようなことはしなかった。
そもそも、そんなことをすれば彼がせっかく築いた関係性に傷がつく。
「天使さん、花でも買っていきませんか?」
「美人さんに免じて買って行こうかな。ご覧ルーク・デイビス、こういう顔も気立ても良い彼女を見つけるべきだ」
にっこり笑った今のあんたの方が余程美しいだろう、と俺は思ったものの、言われた花売りの彼女がぽっと音を立てる勢いで顔を赤らめたのを見て、若干同情的な気持ちになる。
「あのなあ……」
「さて、どの花がいい?」
彼はああいうことを故意に言うようなひとなのだ。
飄々とした体で花を品定めしている彼に、俺は渋々視線を花々に移して、そして小さく呟いた。
「……白いやつ」
「ならそれにしよう」
彼の持つ翼のようないろをした花だった。彼が花を選んで購入し、花売りの少女の熱っぽい視線もものともせず、ちょっと考えるような素振りを見せる。いつも通りとはいえ、さすがに軽率に誑かされた少女が可哀想にも思えた。
助言はしないけれど。
彼が一番に優先するものは見世物小屋の仕事で、次に俺が収まっていたから、その上に誰かを連れてくるつもりはなかった。
「ルーク・デイビス、少し面白いものを見せよう」
そう言った彼は数々の品々が並べられた商店街の店の中から着色料を売っている店を見つけ出し、赤と青の食用色素を購入する。
見世物小屋に戻って、コップに水を入れて色素を軽く溶かす。花の茎を二つに裂いて、赤を溶かしたコップ、青を溶かしたコップに裂いた茎の先をそれぞれ入れる。
次の日には、白い花は赤と青の二色に染まっていた。
「面白いだろ?」
目を輝かせる俺を眺めて、彼は愉快げに笑っていた。
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