ただ愛の証を数えて
唇に紅を引く。長い睫毛をビューラーで挟んで上向かせる。頬にチークを載せる。アイラインとアイシャドウで目元を染める。
髪を後ろでひとつに結び、顔を上げた彼はまさに天使の名が相応しい容姿をしていた。
「ありがとう、ルーク・デイビス」
彼が微笑んだのを見て、見惚れかけて慌てて自分の頬を両手で挟むようにして叩く。俺が見惚れてどうするのだ。
彼の着飾る様に俺が興味を示したのは数年前の話で、今では実力も伴い、彼の化粧や髪結いそのものを任せてもらえるほどだ。
「さて、翼はあとで自分でやるとして……お前のことも飾らないと」
「げっ」
「一緒に舞台に立つんだろう」
「舞台には立つけど……立つけど!」
舞台に立つのは好きだ。彼と一緒に仕事ができる、という事実に惹かれて見世物小屋の主人に頼み込んだことだけれど、今では自分一人で出ることも厭わなくなった。
たくさんの人間から注目されて、数多もの視線を捕まえて、離さない。そういうことが俺は得意で、好きだとわかった。
「お前は本当に格式ばった格好が苦手だね、大勢の前で演じることは得意なくせに」
「いーやーだー!」
「ほらほらほーら、観念しろ」
抱き上げられて化粧台の前に座らされてしまえば、そこに置かれている様々な高級品を壊すことをおそれて俺は動けなくなる。
そんな俺の様子に彼は愉快げに笑って、俺がさっきまで使っていた化粧道具を手に取った。
彼のように抜けるように白い肌、というわけではないけれど、俺の肌の色もかなり白い方だ。舞台に立つ身として肌荒れや日焼け、隈などにも気を遣っているため、そこまで飾り付ける必要はなく素でも十二分に通じる、と彼は楽しそうに言う。そんな彼自身も、さして濃い化粧をしているわけではない。
見世物小屋に勤める裏方の女たちは、俺たちの化粧風景に悲鳴を上げていた。
「お前は神様に愛されている。今日も観客を虜にしてこいよ」
「……あんただって、そうだろ」
「そうさ、俺たちは神様に愛されている!」
あっけらかんと言い放った彼。
「この世界の主人公は俺たちなんだから、舞台の主役なんて軽いものさ、そうだろ?」
「……そうだな」
彼の口癖だった。俺は、彼は、神に愛されていると。この世界の主人公は俺たちなのだと。
正直、俺は神に愛されなくてもよかった。実の親の顔も知らず、俺は彼の愛に今まで生かされてきたから、その事実だけで充分だった。
けれど、彼があんまりにも楽しそうな笑顔でそんなことを言うから、神を信じるのもいいかもしれないと、少しだけ、思える。これから観衆の面前に出ることに、ほんの少しだけ竦む膝も、軽やかな足取りを刻める。
そうして、俺たちは舞台に立つのだ。
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