神様に愛されている

古海 皿

翼はあれど空飛べず

 彼の背中には翼が生えている。


 比喩ではない。肩甲骨が本来存在する場所から、白い翼が生えているのだ。


 まだ小さな頃、俺は見世物小屋の手伝いをしていた。もしかしたら見世物小屋に務めていたうちの誰かが親だったのかもしれないし、孤児として捨てられていたところを何の気なしに誰かが拾ったのかもしれなかった。

 少なくとも、物心ついたときには俺は見世物小屋で働いていて、俺の生みの親だという人間は現れることはなく、そして、俺の育ての親は彼であった。


 育ての親といっても、俺と彼の年齢は十歳しか違わなかったのだけれど。


「天使」


 彼に名はなく、見世物小屋の人間たちからは、皆一様にそう呼ばれていた。冗談めかして天使様とも言われていた。


 人には有り得ない、美しい白の翼を持つ、中性的な印象の人。彼は柔らかな笑みを浮かべて、観客たちを魅了した。見世物小屋の名物は彼であった。

 俺が育った見世物小屋。彼らが展示する見世物の中でもただ一人、人間であった彼は、見世物小屋の人間たちにも慕われていたし、商品のうちでも別格の扱いを受けていた。

 彼は見世物として展示される代わりに、いくばくかのお金を貰っていた。もちろん彼が一人で稼ぐ額にしてはその金はあまりにも少なかったけれど、彼は自分にはこれぐらいがちょうどいいと笑っていた。


 それであれば、そうなのかもしれない。俺は特に何を言うこともなかった。

 小さな俺の狭い世界では、彼の言うことは絶対であったから。


「ルーク・デイビス」


 ルークとは、光のこと。デイビスというのは、ダビデの息子という意味で、ダビデには、愛されているものという意味がある。

 そう教わった。


 人々に愛され、導く光に、そういう人間になってほしいんだ。


 彼はよく、そうつぶやいて、俺の額をそっと撫でた。その仕草がくすぐったくて身じろぎをすれば、彼はくつくつと楽しそうに喉を鳴らしたのを、覚えている。


「おいで、ルーク・デイビス」


 彼に手招きをされて、素直に寄っていく。その細い手に縋り付けば、甘えただなと笑った彼が俺を抱き上げる。


 アルトとテノールの中間にあるような声。男にしては細く、女にしては大柄な身体。

 天使という異名に違わず、彼の姿は歳を重ねても性別が不明瞭なように見えた。喉仏を見せないように、いつだって首元を隠すような服を着ていたから、その傾向はますます顕著になっていった。


 普段は畳んでいる翼を仕事のために伸ばせば、いよいよ彼は人間離れした美しさを孕んでいた。

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