結局のところは人間
「天使病の翼は要するに肌を突き破った骨だから、常時激痛が走っているはずなんだ」
コリンはそう言った。
東方の端で稀に見かけられた病であるという。コリンは東方の出身であった。
痛みには無頓着な人だったことを俺は知っている。それはもしかしたら、いつも背中に鎮座する痛みに慣れていたからかもしれなかった。
「骨の方にばかり栄養が割かれて、翼を手にした宿主には栄養がいかない……そうして、だんだんと」
病室を訪れると「よ」と彼は手を挙げた。手首の骨は見間違えようもなく浮いていて、頬は明らかに痩けていた。頭の包帯はきっちり巻かれていたが、聞けば彼が自分で巻いたものだと言う。
「まあ、天使病に罹患したやつに早々触りたくはないだろうよ」
彼はそうつぶやいた。言うわりには、気にしているようではなかったけれど。
「……あんたは、」
俺は努めて冷静に、口を開いた。
「その……その翼は、実際のところ、なんなんだ」
「うん、まあ、天使病というやつだな」
彼はなんてことないような顔で言ってのけた。
「実際は巷で言われているような伝染病ではなくて、奇形の一種……遺伝子による病気、と言った方が正確だが」
「じゃあ敵兵に言ったのは」
「ブラフ!」
笑顔である。おい、と裏拳で突っ込むと彼はそれはそれは楽しそうに笑った。そういえばお前に言ってなかったっけ、と言われて俺はとうとう頭を抱えてその場に座り込んでしまった。頭上から楽しげに笑い声が降り注ぐ。
めちゃくちゃ笑う。
頭を抱えたまま、つぶやく。
「でも、死にかけってのは事実だろ」
「そうだな」
あまりにもあっさりと為された相槌だった。視線を上げる。彼の笑みは相変わらず美しい。
「……なんで」
「まあ発症したのが運の尽きというやつだ」
今日の天気でも述べるような口振りだった。彼は自分の記憶の印象と、何一つ変わらない。
「どうやら神様は俺を愛するあまり、早々に自分の手元に置くことにしたらしい」
「そんなの、愛なんて言わない……」
「愛と思った方が面白いじゃないか」
彼のそんな口癖も、何も、何も変わらないのに。
彼の今の姿は、もちろん美しいものの、その有様は以前と比べて、まるで枯れ木に近いものだった。それでも、見世物として、天使として、彼は舞台に立ち続けていたのだろう。
化粧で大抵の不調は誤魔化せる。彼に化粧の手ほどきを受けた俺ですらそうなのだから、彼は完璧に隠してみせたはずだ。
それに彼の姿は、痩せ細ったことで、儚げな美を体現していた。
美しい人だ。
泣きたくなるくらいに。
「死なないでくれよ」
彼は、少し目を瞠って、それから優しく微笑んだ。
「無理だよ」
そうして、きっぱりと口にした。
「愛しているさ、ルーク・デイビス。けれど、俺は、それだけはできない」
彼が三十三、俺が二十三のときの出来事だった。
天使病を発症するとしたら、子供。そして必ず、それから三十年で死に至るという情報は、コリンではなく彼から齎された。
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