第3話 最強の教官と雛鳥
千夜によって入学式は閉幕されると、講堂の端で待機していた教官陣が一斉に行動に移す。一列を成して教官陣は壇上の前に移動して横一列に並ぶ。そして列の先頭に位置する教官が一歩前に出ると、手に持っていた黒塗りのノートを開く。
「これから名前を呼び上げた新入生は私の下に集まりなさい」
教官の口から次々と新入生の名前が呼ばれていく。一人、また一人と集団の中から縫うように姿を現すと、名前を呼んだ教官の下に集まっていく。一定の数を呼び上げた所で教官はノートを閉じると、これから教室へと案内すると言って新入生を引き連れて講堂を出て行った。そこで新入生たちクラス分けがされているのだと自覚した。
新たに教官が生徒の名前を呼び上げていく。それを五回程繰り返した所で壇上前に並んでいた教官は誰一人いなくなった。対して講堂に残っているのは入学式を進行していた生徒会のメンバーと既にクラスを持つ教官陣に加えて四名の新入生たちだ。遂に最後まで名前を呼び上げられなかった新入生たちの表情に一目で分かる程に困惑した色が窺える。自分たちだけが取り残されたのだから当然の心境だ。狼狽える仕草を見せないだけでも優秀と言えるだろう。
不安を滲ませる新入生たちに声を掛けたのは学園長の創だった。この事態に誰かしら声を掛けるとは思っていた新入生たちだったが、その相手が学園長にまでは及んでいなかった。
「ははは! そんなに不安がる必要はない」
新入生の不安を払おうと軽快な笑い声を上げながら話を切り出した。
「改めて学園長を務める國代創だ。そんでもって君たちの担任を務める教官でもある」
新入生の誰もが開いた口を閉じることが出来なかった。それだけ彼ら彼女たちにとって予想外の事態だったようだ。
「ふふふ、君たちのようなことを鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をしていると言うのだろうな」
くつくつ、と喉を鳴らすことで新入生たちを小馬鹿にしている演出を試みるも反応がない。その様子に創は唇を尖らせてつまらなさそうにするも、このまま放置をしていては話が進まないので真面目な態度に戻す。
「さて、ひとまず意識を正常にさせないとな」
創は親指と中指を重ねて擦るようにして付け根部分に振り下ろした。瞬間にパチン、と空気を弾く音が鳴る。それだけなら些細な音。とても意識を呼び戻すだけの力はない。だが創が放った一発は空気を鳴動させた。空気が波状となって講堂全域に広がっていく。講堂の端々にいれば少し耳煩い程度の音だが、間近で受けた者は鼓膜を大きく揺らし、骨の髄から脳にまで至った。当然、力の制御は万全で、脳を揺らしたことによる後遺症は起きない。その代わりに新入生たちを襲ったのは車酔いに似た吐き気である。
上半身を曲げて両手を膝の上に置いて肩から呼吸を整えていく。乱れていた呼吸が少しずつ収まっていく。
「急がずゆっくりと整えるとよい。俺ならいくらでも待とう」
新入生を気遣う優しさを見せるが、そもそもこの事態を引き起こしたのは創である。吐き気から言葉を発せない新入生は些細な反抗として創を睨む。霧導者の資質があるだけあって一般人とは比べ物にならない怒気と殺気が籠っているが、霧奏者として名を馳せている創にとっては一般人と差異はない。不快に思うこともない。それどころか破顔一笑した。
「まったく嬉しそうな顔を……。私が入学した時のことを思い出します」
創に声を掛けたのは千夜だ。彼女もまた新入生の時に担任教官が創だった。その時も同様な事態が発生していた。
「お前は例外だったがな。思えば当時から規格外の片鱗を見せていたわけか……」
「そのおかげで私は誰よりもしごかれた」
「俺なりの愛情表現というやつさ」
「わかっていますよ。だから私は生徒会長を務めることが出来る。貴方の厳しい訓練の賜物だ」
「ははは、こうして直接言われることは教官冥利に尽きるのだろうが、照れ臭いものであるな」
互いに照れ笑いを浮かべながら談笑を弾ませる。その最中に新入生たちも吐き気を沈めて正常な体調を取り戻した。そのことにいち早く気づいた千夜は談笑を止めて新入生たちに振り向く。
「学園長は厳しい人だが、優秀な人でもある。当然、君たちのやる気があってこそだが、それ次第では学年トップの実力を身に付けることも夢じゃない。必死に頑張ってみなさい」
新入生に激励を送った千夜は再び創に振り向くと一礼して講堂を後にした。その後ろ姿を見送った後、創は新入生に振り向く。
「そう言えば、まだ正式に名前を呼んでいなかったな」
これまでの担当教官と同様に一冊の黒塗りノートを懐から取り出して生徒の名前を呼び上げていく。
「
名前を呼ばれたことで魔導学園に入学したのだと改めて実感した新入生たちは予め準備していたかのように息を合わせて返事をした。
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