第22話 ハリーリクの観光案内 5

「ちょっと、君たち待ちなさい。話を聞くだけだから」


 鎧を着たヤギが追ってくる。よくそんな格好で走れるな。重くないのか?


「アナちゃん、話を聞かれるだけだったら止まってもいいんじゃない? 事情を話せば分かってもらえるだろうし」


「だめですよ。話を聞くだけでも喧嘩は一日は勾留されちゃうですよ。ここは逃げ切るしかないですよ」


 たしかにそれは面倒だ。


「君たち、お願いだから待ちなさい」


 それにしてもあのヤギは速い。なんとか距離は保ててはいる。しかし、このまま真っ直ぐ走っていれば追いつかれるのは時間の問題かもしれない。


「アナちゃん、そこの角曲がったほうがよくない?」


「そっちはだめですよ」


 なんでだろう。行き止まりとかでもなさそうだけど。


「なんで?」


 俺の質問にアナスタシアがちょっと赤くなる。


「そっちはそのなんていうか、エッチな通りです」


 なんだって! 

 それは確かに色々な意味でいけないな。よし覚えておこう。いや、別に深い意味なんてないよ。ただなんとなく、本当になんとなく覚えておくだけだからね


「それじゃあどうする?」


「私に考えがあるですよ。ついてきてくださいですよ」


 アナスタシアがさっきの魅惑の街角を通り過ぎ、反対方にまがる。

 あれ、完全なまでに行き止まり。俺たちの前に壁が立ちふさがる。

 あっ、でも梯子がある。これを登ってしまえば。


「そっちじゃないです。こっちですよ」


 梯子の方に向かう俺の手をアナスタシアは掴んで引っ張る。

 えっ、そっちは完全に壁だけど。

 アナスタシアは速度を落とさずそのまま壁に突っ込む。

 え、まじか。何してんの? ああ、もうどうにでもなれ。


「南無三!」


 アナスタシアに引っ張れるまま目をつぶり壁に突っ込む。

 あれ、衝撃がこない。とういうかぶつかるはずの壁にぶつからない。

 え、壁を通り抜けた?

 恐る恐る目を開けてみる。真っ暗だ。

 かろうじてアナスタシアの輪郭が見える


「え、なに? 何が起きたの?」


「シー。ちょっと静かにしてくださいですよ」


 どこからかガシャガシャとヤギの鎧の音が聞こえる。音のリズムと離れ方てきに梯子を上っているのだろうか。


「フー、行ったみたいですよ」


「ねえ、アナちゃん。ここなんなの? ねえ、なんなの?」


 危機は過ぎ去ったけど、未だに俺は混乱の真っ只中です。


「落ち着いてくださいですよ。今明かりを点けますから」


 アナスタシアが壁を触ると暗かった世界に明かりが灯る。

 結構ながいトンネルに等間隔で魔法の照明がついてるみたいだ。

 後ろを振り返ると壁で行き止まりになっている。

 壁に手をついてみる。


「ふあ!」


 変な声が出た。今度は確実に俺の声だ。俺の手は壁を貫通する。勢いを殺せずバランスを崩して前のめりにこけそうになる。

 そのまま、壁の向こう側に出てしまう。

 そこはさっきまでいた、梯子の置いてある行き止まり。

 え、なにこれ。

 もう一度、壁を触ってみる。

 ない、そこにあるはずの壁がない。確かに目では見えているのに、壁には触ることができない。

 こんどはそのまま歩いて俺はトンネルの中に戻った。


「ちょっとアナちゃん、何これどうなってるの。どんなイリュージョンなの?」


 完全に狐につままれた気分だ。トンネル効果? 流石にそれはあり得ないか。それになんだ、あれだ、まるで世界的に超有名なやつのワンシーンみたいだ。詳しくは言えないけど。


「そんな大層なものじゃないですよ。光の魔法でそこに壁があるように見えているだけです」


 なんだ、また魔法か。魔法って言っておけばなんでも許されると思ってる節があるな。ほんと今のうちだけだからな、それで済まされるの。


「それで、ここは一体なんなの?」


「ここは、この街ができた頃に造られたドワーフしか知らない、ドワーフ達の秘密の通路の一つですよ」


 一つってことはこんなのがいくつかあるのか。他の道も気になる。あ、でも。


「そんな秘密の道なのに私が知っちゃってよかったの?」


「ああ、大丈夫ですよ。本当は特に秘密って訳じゃなくて、ドワーフっていうのは特に意味もなく面白半分でそういうものをよく作るんです。そういう種族なんですよ」


 なんだろう。才能の無駄使いってやつか


「この道は教会につづているですよ。ちょうどいいのでこのまま進みましょう」


 歩き出したアナスタシアについていく。

 トンネルの照明は進むと順について、通り過ぎると消えていく。

 進みながらおれは気になったことを聞いてみる。


「ねぇ、ドワーフしか知らないなら、アナちゃんはなんで知ってるの?」


「私はお父さんから聞いたですよ」


「そのお父さんは誰から?」


「お爺ちゃんですかね。ドワーフには代々伝られてるらしいですよ」


 え、それじゃあ、どういうことだ。もしかしてまさか。


「アナちゃんって、もしかしてドワーフなの?」


 ドワーフの女性ってあれだよね。髭が生えていてよく男性と間違えられるってやつだよね?

 こんなに美少女なのに?

 あれ、でも、イリーナさんの姪とも言っていたしどういうことだ。


「半分はそうですよ。お父さんがドワーフでお母さんがエルフなんですよ。ハーフエルフでハーフドワーフなんですよ」


 ああ、なるほどそういうことか。日本にいた頃もハーフは美男美女のイメージがあったけど、異世界でエルフとドワーフのハーフでも成り立つんだな。


「そうなんだ。私はてっきり、アナちゃんは天使族か何かだと思っていたよ」


「何ですかその種族聞いたことないですよ。あ、もすぐ出口ですよ」


 出口もやっぱり普通の壁に見える。

 アナスタシアが壁に頭だけ突っ込んで周りを確認する。


「大丈夫です。誰もいないみたいですよ。行きましょう」


 アナスタシアが壁から出ていく。俺もその後に続いて壁を抜ける。太陽の強い光で一瞬だけ視界を奪われる。


「まぶしい」


「メリッサさん。こっちですよ」


 アナスタシアに引っ張られながら進む。徐々に視界も戻ってくる。


「すごーい」


「この教会は街の一番高いところに立っていて、ここからなら街全体が見えるですよ」


 すげえ、この景色を俺はなんて表現すればいいんだろう。

 トンネルを抜けたら、教会の横の広場に出た。

 その広場の端に柵がたっていて、そこから街が一望できた。

 煉瓦造りの西洋用式な街並み。太陽の光を反射して輝く湖。

 まるで絵本から出ててきたような。そんな景色だ。

 俺が景色に見とれているとアナスタシアがこちらを向く。


「メリッサさん。ハリーリクにようこそですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る