第17話 ギルドのお仕事 5

 人生にはモテ期が三回くると言う。そして今まさにそのうちの一回が来ている。


「ねえ、この後予定ある? 一緒にご飯でもどう」


 これで何人目だろうか。イリーナさんが目を離すとすぐ口説かれる。

 というか男にモテても全然嬉しくない。むしろたった三回しかない、人生のモテ期の一つをここに設定した神に怒りすら覚える。男ってやつは結局顔しか見てないじゃないか。いや、俺もそこまで人のことは言えないが。


「いえ、ちょっといろいろあるので、困ります」


 ルーナの寝言を聞いた後、出勤して来た他のスタッフとの顔合わせした。その後に冒険者や依頼主の相手をするイリーナさんを隣で見ながら仕事を教わっていた。

 まあ、ずっと面倒を見てもらうわけにもいかず、イリーナさんが仕事の依頼にきた人と打ち合わせのために裏に下がるたびにこれだ。


「いいじゃん、いいじゃん、ちょっとだからさ」


 うぜえ、なんだよ。しつけえよ。諦めろよ。

 あれ、でも、もしかして今まで俺が女の人に声をかけたりしてたときもこんな風に思われていたのだろうか。だとしたら凹む。

 まあ、それは置いといて、どうやって断ればいいんだ。もちろんナンパ慣れなんかしてないし。まだ初日なのでトラブルになるのも避けたい。明らかに経験不足だ。


「あら、ナンパなら後にしていだだけるかしら、後ろがつかえておりますわよ」


「あん、なんだてめぇは……って、げぇお嬢かよ」


 困りきっている俺に助け舟が出た。ナンパ冒険者が振り返った先にいたのは、二人の付き人を引き連れた金髪縦巻きロールの、そこだけ見るといかにもお嬢様みたいな人だ。

 だけど、格好は布の服に、胸にプーレトアーマーを付けている。いかにも冒険者という格好である。

 ちなみに俺はこのとき、この髪型の人って実在するんだ、さすがは異世界とのんきな事をおもった。


「ちぃ、お嬢が相手じゃ部が悪い、覚えてやがれ」


 そんな、三下の小悪党みたいな捨て台詞を吐いて、男は去っていった。そして、そんな台詞を言う人って実在する……以下省略。


「ありがとうございます。助かりました」


「別にお礼を言われる必要はないわ。それに彼はまた戻ってくるだろうし」


 たしかに、あの三下はまだ仕事を受ける前だから、またここにやってくる。うわ、後々気まずいじゃないか。


「そんなことより、あなたが噂の新人かしら?」


 去っていった男と入れ替わりドリル巻き髪の人がお供を引き連れてやってくる。

 お供の片方は黒髪のバトラースーツを着た若い男だ。昔よく執事役をやっていた俳優に似ている。なかなかのイケメンだ。

 そうしてもう一人が重要だ。シックなメイド服に身を包み、頭にはねこみみ。そう、ねこみみだ。メイド服にねこみみ、それはよく言えば様式美、悪く言えばありきたり。そんなあざとすぎる組み合わせで現代日本に生きてきた俺が騙せると思ったら大正解だコノヤロー。

 は、いけない話がかなり脱線してしまった。


「はい、メリッサです」


 今日の朝から何度めだろうか、まだ言い慣れていない自分の名前を名乗るのは。まあ、この分ならそんなに時間をかけずに新しい名前に慣れそうである。


「そう、私はマイグレックヒェン家当主。銀狼の冒険者リタ・フォン・マイグレックヒェンよ。以後お見知りおきを」


 ずいぶんと、仰々しい自己紹介だ。なんだか漫画とかでみる貴族の名乗りみたいな。え、ていうか貴族か? メイドさんと執事つれてあるいてるし、でも冒険者とか名乗っていたし一体どっちなん?


「あの、もしかしてリタさんは貴族の方だったりするのですか?」


「あら、私、申し上げませんでした? 名家中の名家マイグレックフィン家当主だと」


 やばい、貴族だったっぽい、ちょっと怒らせてしまった。あれ、これもしかして失礼があったらこの街で暮らせなくなるとかないよのね。


「すみません。なにぶん田舎者なものでして、そういった事には疎いものでして」


 とにかく精一杯に頭お下げる。それを見たリタがいたずらに笑った。


「ふふふ、冗談よ。私はこの程度のことで怒ったりはしませんわ。お気になさらないで」


 よかった。思ったよりも寛容だ。

 あれでも、そうしたらなんで貴族のお嬢様が冒険者なんかやっているんだ。


「あの、ちょっと失礼かもしれませんが、なぜ貴族の方が冒険者をやっているんですか?」


 俺が質問を終わる前にリタは口に手を当てて、不適に微笑んだ。


「それは愚問中の愚問ね。そんなの没落したからに決まってるじゃない。オーホッホッホッホ」


「さすがはお嬢様。清々しいまでの開き直りでございます」


 リタの発言に合いの手を入れる執事。そして俺は例のごとく、この高笑いする人って現実……エトセトラ。


「あら、リタさんちょうど良いいタイミングです。」


 リタの朗らかな笑い声をきいて、奥からイリーナさんが戻ってきた。


「今しがた入った仕事なんですけど。村外れの森で七、八頭のオークの群が目撃されたんです。それで、調査と討伐をお願いしたいんですけど」


 イリーナさんは、作ったばかりの依頼書をリタに渡す。


「オークね。その数だと流石に私たちだけじゃ無理だわ。それで報酬は?」


「金貨10枚です」


 リタは少し悩んだ表情をして、キルド内を一周見渡し、未だに寝息を立てているルーナのところで視線を止めた。


「リルトは今いないのよね。そうすると行けそうなのはルーナくらいしかいないのかしら」


「そうですね」


「しかたないわね」


 リタは一つ深いため息をつくと、依頼書をルーナのもとまで持っていき彼女の肩を揺さぶる。


「ルーナ起きて」


「お母さん、後少しだけ」


「誰が、お母さんですか。ルーナお仕事ですよ」


「仕事? 明日食べる分のパンはもうある。だから今日は働かなくて平気」


「働けばそのパンにジャムが着けれますわよ」


「それは、魅力的な話。でも眠い」


リタが翻弄されている。ルーナはなかなかの大物なのかもしれない。

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