第8話 ようこそハリーリクへ

「あはははは」


 やべえ、何これ、すげえ楽しい。

 目まぐるしく流れる景色。

 手綱から伝わる生命の鼓動。

 馬車は風を切り爆走している。

 そう風だ。俺は今、風になっている。

 今の俺は何人なりとも止められない。


「ちょ……メ……サさんス……ド……です」


 隣でアキムがなんか喚いている。だが風と馬車の揺れる音が声をかき消す。


「えっなに、聞こえない」


 また隣でブツブツ何か喋り出すアキム。

 だが今は、それどころじゃない。あと少しで時速88マイルだ。いや、実際は速度計なんか無いから、スピードなんて分からないけど。


「エ……イン……ター」


 アキムが何か言うと、突然に音が消えた。景色が動いているのに音だけ消えると不思議な感じだ。なんとなくテレビのリモコンの消音ボタンを、間違えて押してしまった感覚に近いかも。


「早すぎます。スピードを落としてください」


 さっきまで全然聞こえなかったアキムの声がクリアに聞こえる。周りの音を遮断して近くの音を聞こえやすくする魔法か、なんだ便利だな魔法は。

 でもそれは置いといて、速度を落とせと言われても困る。


「スピード落としたくても落とし方が全然わからない」


 なぜならやりたくてもやり方を知らないからだ。


「手綱を左右に引っ張ってください!」


 言われた通りに手綱を引っ張る。さっきまで狂ったように全力疾走していたサイと牛を足したような生き物は次第にその勢いをおとした。

 アキムから聞いた話だと、このサイと牛を足したような生き物はジンクカウという家畜化された魔物らしい。食べても美味しいし、ミルクも美味い。さらに馬より足は遅いが力は強いので馬車を引かせるのには向いている。なんでも生活には欠かせない生き物だとか。


「ちゃんと言うことを聞くもんだな。いきなり走り出すから、完全に制御を失ったかと思ってたよ」


 馬車に乗るなんて初めての経験で、年甲斐もなく興奮してアキムに手綱を握らせてもらったらジンクカウが勝手に全力疾走してしまった。


「はい、ちゃんと調教していますから。と言いますが、かなり楽しそうでしたから、わざとやってるもんだと思いましたよ」


「いや、わざとではないよ。楽しかったけど。これ、ありがとう」


 名残惜しいが、俺は持っていた手綱をアキムに返した。


「それでどこまで話したっけ?」


「メリッサさんが実は男ってところまでです」


 俺はアキムに自分に起きた事の成り行きを話していた。


「別の世界から転移してきた方というのは多くはないんですが、何人かいらっしゃります。ですが、やっぱり性別が変わった方というのは聞いたことはないですね」


 異世界転移ですら滅多に起きることでもないのに、俺に起きたことはさらにレア中のレアケースらしい。そんな確率の低いことが起きるならば、俺は異世転移ではくて宝くじとかが当たったほうがよかった。


「その別の転移者には会うことはできるか?」


「一人知り合いにいるにはいるんですが、中々気難しいかたでしてすぐに会うのは難しいかもしれません」


 そっか、同じ身の上ならあって話てみたかったが。まあ、会えたら元の世界に帰れるというわけではないし、あせらずそのうち会えたらでいいか。

 あと、もう一つ気になることを聞いておこう。


「なあ、ゴブリンたちが言ってたんだけど、宵闇の女神だとか暁光の女神だとか、それはなんだかわかるか?」


「ああ、昔から伝わる神話ですよ。

世界は暁光と宵闇、双子の女神によって作られました。

 暁光の女神によって日は作られ世界には活気と労働が生まれました。

 宵闇の女神によって夜は作られ世界にはやすらぎと恐怖が生まれました

まあ、単なるおとぎ話です」


 神話か。ゴブリン宵闇の女神の復活がどうのって言ってたけど俺がこんな体になったのは何か関係あるのかな。だめだ、まったくわからん。


「ほら、もうすぐ着きますよ」


 俺が頭を悩ませていると街の入り口の門がみえてきた。

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