第331話 【真珠】質問と尋問! 後編
「なるほど……アオと俺の過去を勘繰ったと──そういうことか?」
「……はい」
──解せぬ。
現在、何故かわたしは針のむしろ状態で、ソファの上にて正座中だ。
…
先ほどの質問に至るまでの心情を話せと言われ、貴志に求められるまま事細かに答えたのは先程のこと。
話の途中で、何故か正座をしなくてはいけない気分になったわたしは、そそくさと姿勢を正した。
あの時──脅威の対象は、
そのことを思い出しながら、わたしは必死に言葉を紡いだ。
一通りの話を聞いた貴志は、いつの間にか腕組みをし、その顔から困惑の表情は消えていた。
「何故、その場で訊ねなかった?」
あの場では訊けなかった。
だって──
「焼け
そして、ルーシーさんにも未来の展望を報告することができなかった。
貴志は深い呼気を吐くと、その後黙ってしまう。
何を考えているのだろう?
感情の読めない貴志が目の前に座り、部屋に漂うのは得体の知れない沈黙。
──非常に居心地が悪い。
わたしがいたたまれなくなった頃合で、彼は再び口を開いた。
「だから目も合わせずに逃げ回っていたのか。何があったのかと心配したが、まさかそんな理由だったとは──お前に訊きたいことがあると言っただろう? 俺が質問したかったのは、その件だ。まさか、アオとの関係を誤解されていたとは……思いもよらなかった」
彼がこの話し合いの席を設けたのは、昼間わたしが逃げ回っていた理由を確認するためだったということもここで判明だ。
貴志は脱力したように、ソファの背もたれに倒れ込んだ。
一瞬だけ安堵の表情を見せはしたけれど、次の瞬間にはイラッとした様子に早変わりだ。
彼は腕組みだけでなく、今度は脚まで組み始めた。
珍しく横柄な態度を見せる彼から、その苛立ちの程が伝わってくる。
「真珠、お前の首にぶら下がっているものは一体何だ? 言ってみろ」
わたしは、覆輪留めにミル打ちの施された小さなダイヤモンドが輝くペンダントを触る。
これは──
「貴志がわたしを大切に思っているという『宝物の証』です……」
「『大変良くできました』──だ。分かっているなら結構。何人もの女性に対して、普通そんな手の込んだことはしない。それは、いくらお前でも理解できるな?」
言い方が、子供に対する説明のそれだ。
「じゃあ、何人に対してだったらでき……」
ギロッと睨まれ、質問の途中で即刻お口にチャックだ。
もっと明確な答えが知りたいのに、質問さえできない。
──わたしはただ、貴志からの一言が欲しいだけなのに。
そんな不満が胸を占めていたところ、貴志が突然にこやかな表情を見せた。
「真珠? 今、お前は『何人』と訊いたのか?」
わたしは身を乗り出して、何度も頷いた。
それが知りたい。
できれば、ひとりであってほしい。
その様子を目にした貴志の雰囲気が一変する──悪い方へ。
それと同時に、彼は矢継ぎ早にまくし立てた。
「一人だけに決まっているだろう! 複数を同じように扱うなんて、そんな器用な真似はできないし、しようとも思わない──お前以外には微塵も興味はないと、そう言い続けてきたつもりだったが、ここまで言わないと分からないのか?」
言い終えた貴志は、大仰に溜め息をつく。
荒い口調ではあったし、なかなか回答をもらえず不安にもなったが、最終的にわたしの目的は達成できた。
欲しかった言葉をもらったわたしは心底安堵し、少しだけ脱力する。
だが、それとは対照的に、貴志の機嫌は見る見る下降の一途を辿った。わたしが必死になるあまりに出した不必要な一言で、完全に虫の居所を悪くさせてしまったようだ。
「で? 猿とライオン? 今度はどうしてそうなった。お前の思考がまったく分からん!」
貴志の尋問は更に続いた。
不機嫌すらも飛び越えて、貴志は既にお怒りモードに突入だ。
ビクビクしながらも、わたしは答えていく。
科博で気づいてしまったオスとメスの役割と、古今東西の権力者の後宮事情、それらを踏まえた上で導き出した答えを事細かに語ったのだ。
話を進めるたびに、貴志の背後から黒いオーラが噴出してくるような幻覚が見える。
……気のせいだと思いたい。
「──以上のことから、貴志が想いを寄せる女性が、わたし一人だけとは限らない可能性に気づいてしまったんです──ボス猿とライオンが、その時わたしの頭の中に浮かびました」
考察から導き出したわたしの回答を聞いた貴志のお怒りメーターは、とうとう極限値を振り切ってしまったようだ。それは、彼の身を包む空気で感じ取れた。
「ほう? 俺が理性も持ち合わせていない動物だと、お前はそういう意味で『野生のヒト属のオス』と言っていたのか?」
眼光鋭くこちらを見据える彼の眼差しは、まさしく
貴志に理性がないなんて、そんなことこれっぽっちも思っていない。
けれど、巡り巡ればそう受け取られてもおかしくない説明の仕方だったのかもしれない。
自分の浅はかな言動が招いてしまった自業自得な状況ではあるのだが、怒れる貴志がおそろしい。
こわくて、既に目を合わせられない有り様だ。
自主的に正座をしているソファの上で、わたしは背筋を丸めて縮こまる。祖母から叱られる祖父の姿と現在の自分が重なり、情けなさも倍増だ。
前方から漂う冷気によって、膝をつかんでいる小さな両手もプルプルと震えてしまう。
「ち……違います。太古からの生命に課せられた仕組みと生物繁栄の歴史を忠実に遂行した結果であって……貴志を貶めるような意味合いはまったくありません……でした……」
どうしよう。
自分が何を口走っているのかさえ、分からない。
意味のない言葉の羅列になっている可能性も高く、冷や汗が出そうになる。
でも、あの時、それは嫌だ──自分だけを見ていて欲しいと、切実に思ったのだ。
今日は本当に、貴志の女性関係にまつわる出来事に振り回されてばかりだ。
恋愛初心者のわたしにとって、間違いなく優しくない一日だった。
自分の中に芽生えた独占欲も、どこまでが許される範囲であるのかも、まるで分からない。
もう本当に、どうしていいのか見当もつかないのだ。
恋愛スキルと経験値が欲しい。
でも、どうやって培ったら良いのか、それさえもわからない。
いっぱいいっぱいになったわたしは、半ば逆ギレ状態で貴志に向かって言い放つ。
「でも……でもっ 嫌なの! 我が儘なのかもしれないけど、貴志が大切に想うのは、わたしだけがいいって──そう思っちゃったんだもん!」
わたしの必死の形相が功を奏したのか否か、定かではない──が、貴志の尋問の手がそこで止まった。
思わず口走ってしまった「貴志を独り占めしたい」という本音に、貴志は呆れ、閉口しているのだろうか。
嫌われた?
束縛する女なんて願い下げだと、言われてしまう?
わたしは俯いたまま、ギュッと目を閉じた。
「真珠──顔を上げてくれ」
けれど、貴志の言葉には、何故か優しい響きが含まれていた。
何故そう感じたのだろう。
自分の耳を疑いはしたが、もう一度彼から名前を呼ばれたわたしは、ゆっくりと顔を上げた。
視線の先にあった貴志の表情は、どうしたことか幾分和らいでいるかのように映った。
「つまり……夕べの──宿題の答えも出たというわけか?」
「宿題?」
──な……なんだっけ?
と、首を傾げそうになったが、
あれだ!
祖父の『三国一の花嫁』探し宣言を耳にした昨夜、思わず涙を零してしまった記憶がよみがえる。その理由がわからずにいたわたしに対し、貴志は「何故泣いたのか考えてみろ」と宿題を出していたのだ。
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