第330話 【真珠】質問と尋問! 前編
貴志の言葉から、お叱りを受けるわけではないことが伝わり、ホッと胸を撫でおろす。
「わたしが答えられる内容なら──……あっ そうだ!」
返答中に思い出したことがあり、思わず声をあげてしまう。
──わたしも貴志に、訊いておきたいことがあったのだ。
話の主導権を彼に戻す前に、その旨を伝えておきたくて、再び口を開く。
「あのね、わたしも質問したいことがあるの。貴志の話が終わったあとで、少し時間をとってもらってもいいかな?」
貴志は首を傾げると「それなら、お前の話を先に聞こう」と順番を譲ってくれた。
わたしはお礼を告げると彼の言葉に甘え、先に質問をさせてもらう。
今日の昼間、科博の展示見学中に気づいてしまった疑惑を、二人の間に物理的距離が生じる前に完全払拭しておきたかったのだ。
そして、貴志ならばきっと、わたしの中で芽生えた疑念を吹き飛ばしてくれる筈──そんな期待と、少しの不安が混じり合う。
鼓動を落ち着かせるよう深呼吸をし、その後質問を一息で口にのせる。
「──貴志は、同時に複数の女の人と関係を持てる? 色々な意味で」
ギョッとしたように目を見開いた貴志は、気の抜けたような声で「……は?」と洩らしたあと、微動だにしなくなった。
非常に困惑した表情を浮かべているのだが、ここは引かずに強気のまま彼の回答を待ちたい。
できるならば、『猿山のボス猿』でも『ライオンの群れのリーダー』でもないと、はっきりと彼の口から否定の言葉を聞きたいのだ。
彼が注いでくれる愛情の深さは、勿論知っている。
けれど本日、他の女性の影がチラついただけで、わたしの自信は瓦解してしまった。
葵衣との関係が誤解だとわかったのちも、種の保存に関する考えが消えない。
このままでは、海を挟んで離れ離れになる数年間──わたしは耐えがたい妄想で苦しんだ挙げ句、最悪の場合、自滅する予感しかしない。
自分の弱い心と、自信のなさの顕れだと言われればそれまでだ。
けれど、そんな不安定な心の状態が長期間続くなど、考えられない。
疑心暗鬼になり、貴志を本当の意味で信じられなくなる事態だけは、どうしても避けたいのだ。
だから、貴志の口から直接否定してほしかった。
大切にされていることを分かっていても尚、それ以上の安心感を「更に更に」と求めてしまう──恋愛感情から派生する欲深さとは、なんと恐ろしいものなのだろう。
──こんな気持ち、今まで経験したことがなかった。
どんどん欲張りになっていく自分自身が怖い。
そんな
けれど、わたしがこんなにも不安を抱えているというのに、貴志は思考停止したまま何も答えてくれない。
貴志なら、即刻否定してくれるものとばかり思っていたのにこの状況。わたしは一体どう受け取ればよいのだろう?
「えっと……否定がないということは……その……つまり、貴志は同時進行で複数の人間を好きになれるし、
あとで考えると、身も蓋もない問いなのだが、今のわたしにとってはそんなことを考える余裕すらない。
彼からどんな答えが返ってくるのだろうと、緊張に身体が強張る。
常に強くありたいと願うのに、この件に関してだけはそれができない。
我知らず──縋るような眼差しで貴志を見つめていたのだろう。
わたしの深刻そうな視線に気づいた貴志が、ハッと息を呑んだ。
それと同時に彼の周辺の時間が流れ出す。
貴志の口から放たれたのは、何とも表現し難い声音。
「真珠……今、何て? 色々な意味って──いや、ちょっと、待て……お前の質問の意図は何だ?」
貴志が大慌てだ。
しかも、わたしが直前に投げかけた質問はスルーされている。
万が一、回答の拒否権を発動しているのだとしたらどうしよう──と心配をする一方で、貴志が何かを誤魔化すような人間でないことも理解している。
かなり矛盾した心境及び現状だ。
やはりこの手の話題は、面と向かって聞くべきではなかった?
それとも、貴志のプライベートに深く入り込み過ぎた質問だった?
それでも──知りたい。
否定してほしい。
離れてしまったあとで、悶々と悩むのだけは絶対に嫌だ。
疑問はなるべく早く解決したいのに、貴志の視線が何故か痛い。
どうやら自分の対応は、貴志に対して
回答を聞くのが怖くなったわたしは、途端にオロオロし始める。
所在なげなわたしの様子を再確認した貴志が、額に手を当てて天井を仰ぎ見た。
「最近、成長したなと思っていたが……そうだ──お前は、そういうヤツだった」
貴志の深い深い溜め息が、部屋の中にこだました。
…
「なるほど……アオと俺の過去を勘繰ったと──そういうことか?」
「……はい」
──解せぬ。
現在、何故かわたしは針のむしろ状態で、ソファの上にて正座中だ。
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