第313話 【真珠】弟と恩師
「不服っていうか、優吾の人間性が信用ならないというか……いや、理香と出会って改心したようだから、今はようやくまともになったのかも? そう考えると、一概に不服だとは言えないんだけど」
どちらともつかない、微妙な言葉を洩らす。
「それにしても、お前の頭の中は賑やかだな──叔父から誘拐? 有害汚染物質? お前の齋賀優吾に対する評価は、完全に地に落ちているようだ」
いや、地に落ちているどころか、地中奥深くに減り込んでいると言った方が正しい。
と言うか、エルめ。やはりわたしの考えを読んでいるのだな。
「安心しろ。読むどころではなく、映像まで流れ込んでくる」
まったく安心できん!
エルは「なかなか便利だぞ」と言って笑っているが、わたしはそれどころではなく、愛想笑いを返すことしかできない。
文句のひとつも言いたいが、残念ながらそれはできない。
なぜならば、不法侵入行為に及んでいるのは、わたしの方なのだから。
「さて、話を進めよう──齋賀優吾を選んだ理由は、お前の叔父であると共に製薬会社のトップであったことが理由だ。秘密裏に、ある
待って。
裏って何!?
そこに食いつこうとしたけれど、問う前に一蹴されてしまう。
「そこについては、お前は知らずとも良い。齋賀優吾は、清廉潔白な貴志にはできないことを、良心の呵責に潰されることなく遂行できる人間だ。お前を守る為には、表の明るい世界しか知らない貴志だけでは不十分だと、判断したまで」
わたしの質問を待たず、この頭の中で呟いた事柄まで、エルは先回りして答えてしまう。
にこやかな表情を仮面のように再びまとうが、わたしが取り繕っているのは目の前の王子にはバレバレなのだろう。
それに、先ほどのエルの言葉の中にあった不穏な単語も、かなり気になっている。
優吾のやつ。まさか、黒い疑惑とか、法に触れるようなことに手を染めていないだろうな。
親族が犯罪行為に及んでいたら、それこそ洒落にならない。
優吾──やはり、アヤツメは物騒な男に間違いないようだ!
「物騒? 罪を犯しているわけではないし、法に抵触するようなことはうまく回避してはいるようだ。だからお前は何も心配する必要はない。こちらとしては、念には念を入れ、貴志の及ばない部分に齋賀優吾を置いたまで」
わたしが眉間に皺を寄せると、エルは足を組み直してから言を継ぐ。
「裏を返せば、お前が今後、心身共に健やかに成長していくことが我々アルサラームにとって最重要事項ということだ。これは肝に銘じておいて欲しい」
思わぬ回答に、わたしは怪訝な表情になる。
「それじゃあ、優吾を選んだのは、全部わたしの……ため?」
エルは目を細めた。
「そうだ。すべては、お前のため──本来ならばおとなしく『祝福』を受け、アルサラームの王宮に閉じ込めておきたいのが本音だ。が、お前はそれを望まないだろう。齋賀優吾はお前の天敵のようだが、そこは諦めろ」
エルの言葉と、過去の記憶が交錯する。
<──
耳奥に、エルではない他の人物の声が響いた。
──これは、真珠ではなく伊佐子の記憶。
エルの科白に似た言葉を口にしたのは、誰だった?
そうだ。
これは、伊佐子が贈られた曲に没頭し、周囲との連絡を断ったあと、病室で耳にした言葉だ。
恩師ルーカスの?
いや──それとも……尊だったか?
わたしの脳裏に、二人の姿がチラついた。
「その黒髪の男は、お前の親族か?」
エルが唐突に質問をしてくる。
「うん……わたしの弟──尊。この世界の基準ではどうか知らないけど、元の世界ではハイスペックなイケメン君だったんだ」
「弟? それにしては、なかなか大胆なことをする」
エルが渋い表情をみせ、顎を擦った。
わたしは苦笑いで返すしかできない。
大胆なこと──それは、真夏の夜に、人ちがいでされた口づけを指しているのだと思われる。
今思うと、尊は、ちょっと……いや、かなり行き過ぎたシスコンだったのだろう。
弟について何か問われるのだろうかと身構えたものの、エルは尊についての踏み込んだ質問は避け、もうひとりの人物に興味を示したようで話題を変えた。
「では、もうひとりの──プラチナブロンドの優男は?」
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