第193話 【真珠】恐るべし、無邪気!
「ふおおおぉぉぉ!!!」
チョコレートだ!
しかもツヤツヤと美味しそうな粒が、硝子ケースの内側に並んでいる!
まるで芸術品だ。
あまりの美しさに、わたしは目を輝かせた。
ああ!
店内には、アイスクリームもあるではないか!
ビターチョコレートのアイスクリームが食べたい。
非常に食べたい。
いや、絶対に食べる!
鼻息も荒く、ラシードと共に食べるお菓子を物色中のわたしだ。
欧州で最近人気を博している有名なショコラティエが日本進出の足掛かりに、池袋の百貨店内に小規模の店舗を構えたらしい。
ラフィーネ王女お気に入りのお店らしく、二人で仲良く買い物をして来いとエルは命令されたとのこと。
貴志とエルは、二人で王女のお遣い仕事をこなしている。
――何故か、数人のお姉さま方を侍らせて。
「真珠、顔が怖いぞ」
わたしの両眉内側にラシードの両手親指が置かれ、中心から外側へと何度も指でこすられる。
眉間に皺が寄っていたのか、彼が「戻れ戻れ」と呪文を唱えながら、それを伸ばそうとチャレンジしているが一向に直らない。
「ごめんね。ラシード。大丈夫だよ」
綺麗なお姉さま方は貴志の腕に手を置き、おすすめのチョコレートについて解説をしている。
どうやら常連さんのようだ。
貴志はその女性の手をやんわりと外すのだが、するとお次はまた別の手が伸びてくるのだ。
以前、穂高兄さまと早乙女教授宅に外出した時は、ここまでベタベタされることはなかった筈だ。
貴志の表情が柔らかくなっているからだろう。
近寄りがたい雰囲気が消え、女性も積極的に声をかけやすいのかもしれない。
女は怖い。
獲物を狙う猛禽類の戦いが目の前で繰り広げられているのだ。
そして、エルも餌食になっている。
「あれは――すごいな。さすが兄上と貴志だ」
ラシードは何故か感心しきりだ。
「――うぅ……馬鹿貴志め! もげろ!」
わたしは恨めし気な声で呪詛を吐く。
分かっている。
これは完全なるヤキモチだ。
こんなちびっ子などお呼びでないのは分かっているし、やはり彼の隣に立つのは大人の女性の方がしっくりくる。
それは確かだ。けれど、その事実によって、非常に心許ない気分になるのだ。
でも、駄目だ。
メソメソするのは、わたしには似合わない!
「ラシード行こう! 試食もしよう。食べたい物を二人で食べ尽くすぞ! 軍資金もリュックにある。いざ、出陣!」
くそう。
もう、こうなったらやけ食いだ!
食べたい物を食べたいだけ、食らいつくしてやる。
「え? おい、真珠。子供だけで行動しては駄目なのだぞ? 注意されたばかりだろう」
「へ? わたしは大人――じゃなかった、子供です。はい……」
その場は諦めて、まずは目の前のチョコレート専門店内のアイスクリームを購入することに決めた。
「ラシードは何を食べる? わたしはビターチョコにする」
「わたしは、バニラをもらおう」
親切な店員のお兄さんが「あちらの席にご案内しますね。それにしてもお兄さん達は人気者ですね」と穏やかに笑っている。
「今日は特にすごいです」
「さすが兄上と貴志なのだ」
二人して同時に答えると、お兄さんはアイスのカップを手に、席まで案内してくれた。
「うわ! 美味しい! ラシード、このチョコアイス最高だよ。食べてみて?」
「こちらのバニラも美味だ! お前も食べるか?」
二人それぞれ、自分のスプーンにアイスクリームをすくう。
「ラシード、はい! アーン」
「口を開けろ、真珠」
同時にスプーンを相手の口めがけて伸ばし、腕を交差させる。
が、目測が外れて、お互いの頬にスプーンが突き刺さってしまった。
二人してその行動の滑稽さに笑い、まずはアイスを口に放り込んだ。
わたしは手元の紙ナプキンで、ラシードの頬についたチョコアイスを拭おうと手を伸ばす。
汚した張本人はわたしなのだが、子供の世話を焼くように丁寧にふき取っていると、今度はラシードが近づいてきた。
わたしの真似をして、この頬についたバニラアイスを拭ってくれるつもりなのだろう。
――可愛いやつめ。
そう思ってニコニコしていたところ、ラシードはわたしの頬についたバニラアイスを、ペロッとその舌で舐め取り、そのまま頬に口づけを落とした。
「ひゃ……、い……今、いま……何を……!?」
いや、されたこと自体は分かっている。
「頬のアイスを舐めて、口づけを与えただけだ。それがどうした?」
ラシードはキョトンとして、何を言っているんだ、と言わんばかりの表情を見せた。
うわ!
これを、この碧眼美形王子にシレッと普通にされた暁には、免疫のない婦女子はイチコロなのではないか!?
いや、感心している場合ではない。
これは、母親役としては教育的指導を行わなくてはならぬ場面だ。
「ラシードくん? こういうことは誰彼構わず致すものではありません。誤解を生みます。いいですか? 分かりましたね? はい、お返事は?」
思わず先生のような口ぶりで諭してしまう。
「何を当たり前のことを言っているんだ? 真珠だからしたのだろう? お前の身も心も、すべてわたしの物ではないか? いや、正確には、今は兄上と半分こ? 貴志も含めると三等分?」
ラシードはぶつぶつと呟いている。
「いや、わたしは物じゃないし。分割もされたくない」
そう言ったところで、ラシードが手をポンと叩き、良い考えが思い浮かんだとばかりに、得意げに声をあげた。
「そうだ! 真珠、お前が三人それぞれの子供を産めばよいのではないか? 誰か一人ではなくて、兄上と貴志の子供をつくり、それからわたしの子供を生めば良いのだ! みんなの物というのなら、喧嘩にならないではないか! うむ、我ながら名案だ。何故、今まで気づかなかったのだろう」
ラシードの言葉に、店内が静まり返った。
【後書き】
続きの四部作最終話は、今夜19:30更新予定です。
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