第45話 【幕間・真珠】ギフテッドと『宝物』


 貴志は「穂高がギフテッドなのか?」と呟いている。


 ギフテッドとは、ある特定の分野にずば抜けた才能を持つ人間のことだ。


 天から授けられた資質ということで、国によっては幼い頃から手厚く育ててもらえる。

 ただ、生きづらさも同時に内包していることも多い。



「わたしが知る十年後の穂高兄さまは、数ヵ国語を完璧にネイティブレベルで話せて、更に日常会話だけなら数十ヵ国語を使えた筈。お兄さまは言語能力分野で特異な才能があるんだと思う」


「つまり?」


「予測でしかないけど、その言語能力を応用してプログラミング言語を『コンピュータと会話する言葉』として捉えている可能性がある。でも、今までそんな使い方をする言語系ギフテッドの才能は聞いたことはないんだけど……」



 わたしの言葉を聞いて少し考えた後、貴志は「なるほど」と相槌をうつ。



「人間の話す言葉の法則と、コンピュータ言語の法則を同列に捉えたということか」



 貴志は、わたしの話を瞬時に理解したらしい。



「ご名答」



 でも、穂高兄さまの場合は、一般に言われているギフテッドとは少し違う。


 何かに特化している場合、どこかに歪が生まれる。


 けれど、お兄さまにはそういった瑕瑾かきんは見当たらない。



 神から与えられた才能と共に歪みを持ちあわせるギフテッドというよりは、神の申し子とでも言うべき卓越した才能なのではないかと思う。



 何か目的をみつけると、そこに向かって驚くほどの集中力をみせ、あっという間に周りを凌駕できる。


 そんな能力を持ちながらも、何ひとつ欠けていない。


 穂高兄さまはギフテッドの完成形だ。


 もしかしたら、神童と呼んでもいいくらいなのかもしれない。



 穂高ルートの彼は、超ハイスペックな才能を備えていた。


 その強い原動力となったのは、家族への憎しみだ。


 愛情深い彼だからこそ、それが憎しみに変わったときの反動は相当なものだったのだろう。


 でも今、穂高兄さまの中にその原動力となる筈だった「憎しみの感情」はおそらくない。



 今まで、何かを切望するほどの「強い願い」や「目的」がなかったために彼の中で眠っていた才能が、憎しみからではない別の何らかの感情をもとに覚醒しているということなのだろう。



 そして、お兄さまは言語系ギフテッドを開花させると共に、他のものにも応用することを無意識下で始めている。



 あくまで今の貴志の話をきいて、わたしが導き出した結論なので、そこに確証はない。



 プログラマーのようなハッカーのような才能を発掘したのだとしたら、それを「コンピューターと対話するための言葉」と認識したという結論に進むのは割と妥当なのではないかと思う。



 『この音』の中に、そんな設定はなかった。


 言語能力に長けているということは攻略本からうかがえたけれど、それは人と意思疎通するための言葉に関する能力だけだった。


 それを「コンピュータと会話する」という独自の解釈により、穂高兄さまが編み出した応用方法なのではないかと思う。





 もしこれを、お兄さまが音楽に応用したら――譜面上を埋める音符の羅列は作曲家からのメッセージだ。



 それと対話ができるとしたら――作曲家達との対話が叶うのではないか?



 それはとても素敵なことだと思う。


 わたしもそんな才能があったら、喉から手が出るほど欲しい。





「ギフテッドか。何故、そんなことができるんだろうな」


 貴志は答えを求めるというよりは、独り言のように呟く。



 わたしは伊佐子の子供の頃、ギフテッドの友達がいたことを貴志に語る。



「コンピューターサイエンス系に特化したギフテッドの友達がいたの」



 貴志は黙って耳を傾けている。


「習った事もないパソコンのスキルを使って、図書館のデータベースにアクセスしてたの。その友達に『どうしてそんなことができたの?』と訊いたら、その子はこう言ったの『頭の中で何かが教えてくれたんだ。そこをこうしたら良いんだよって、キーボードが光ったんだ』て。

 当時は不思議なこともあるんだなって思ったけど、今ではなんとなくだけど、人間の脳の使用していない領域が心の声として囁いたんじゃないか、って思ってる。

 お兄さまもきっと、何故それが可能なのか、本人でも分からないと思う」



「お前の……伊佐子として育った環境も、ある意味特殊だったんだろうな」



「そう……なのかな。特殊かどうかは良く分からない……。たまたま周りにそういう子がいたから、お兄さまのことも『もしかして』と気づけただけなんだけどね」




 でもそれも全て昔の思い出だ。



 いまは、過去を思うたびに苛まれた、あの心の嵐は――ない。



 貴志はハンドルを握りながら言った。


「お前は、『音楽の話』と『過去の話』をする時に、急に大人びるな。時々どちらが本当のお前なのか分からなくなる……子供と扱うべきなのか、大人として扱ってもいいのか……」


 貴志の言葉に、わたしは首を傾げる。


「それはそうだよ。身体は子供かもしれないけど――心は大人だもん」


「いや、そういうことじゃない。お前が子供に見えない時があって……いや、大人に見える時があって……ひどく戸惑っている……」


 ――と。



 わたしも実際自分がどちら側にいるのか分からなくなることがあって、そこは苦しんでいる最中だ。



 子供の身体に、大人の精神というのは、それぞれに負担がかかる。



 でも、そうか。



 『音楽』と『前世』――そこでは確かに、伊佐子の感覚が戻っているのかもしれない。


 その話をするときに常にそばにいたのは――貴志だ。



 なるほど、その考察は参考にしてみようと思っていたところ、貴志が話題を変えるように口を開いた。



「さて、あと二時間で到着だ。少し寝ておいた方がいい。また熱をぶり返しても困るからな」





 長いようで短かった、貴志とのドライブ旅行も終わりが近い。



 この二日間で、貴志との心の距離が少し近づいたような気がする。


 それを思うと、なんだかちょっと嬉しくなった。


 気分が良くて、わたしが貴志を見て微笑んだところ「ああ、そうだ。伝言を頼まれていたんだった」と、彼が笑った。



 あれ?

 なんだか何かを仕掛けてくる前の顔に似ている。


 何故だ!?



「美沙が褒めてたぞ」


「え? 何を?」


 お母さまに褒められるようなことなど、何もしていない。


 どちらかと言うと、熱を出して皆に迷惑をかけたことしか思い浮かばない。


 貴志が言を継ぐ。


「慣れない長距離ドライブで、よく漏らさなかっ……」


 皆まで言わせず首元のスカーフをスポッと抜いて、貴志にぶつけた。



 わたしは両親が貴志に持たせた衣装バッグのことを思い出す。


 あのバッグの中に準備された数々の着替えと、下着のセットだ。


 わたしの初めての長距離ドライブによる万が一のお漏らしを心配して持たせてくれた、親心の詰まったあのバッグのことである。


 誠一パパの無茶なお願いも入ってはいたが、殆どは美沙子ママが入れたわたしのお漏らし対策グッズだった。


 何故、いまそんなことを言うのか!?



 この旅について、良い思い出になるな、心が近づいたなと、美しく纏めようとしていたのに。



 前言撤回だ!


 心の距離は断じて近づいていない!!


 むしろ遥か遠くに離れたことが判明した。ショックだ!!!



 でも、そんなわたしを他所に、貴志は、物を投げるな、止めろと言って何故か楽しそうだ。



 その笑顔を見ると「もう、仕方がないなぁ」とも思う。



 まあ、昨夜、貴志のあんな幸せそうな笑顔を見れたんだから、やっぱり良い旅だったんだろうな。


 ここはお姉さんなわたしが、大人の寛容さで許してやるか。



 わたしは口を突き出して、怒ったふりをする。


 でも、わたしが怒っていないのは、貴志にはバレバレのようだ。



 その後、何故か幸せな気分になり、二人で笑った。



          …



 願わくば――わたしとの出会いが彼にとって――これから巡り会う『主人公』との出会いには満たなくとも――


 小さな『宝物』のひとつになりますように。



 この旅で初めて見た彼の本当の笑顔は、わたしの『宝物』のひとつになった。




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