攻略対象・幼馴染編

第32話 【幕間・真珠】貴志とドライブ 1

 幻想的な緑に覆われた森の中。

 わたしはガゼヴォの下で、美しい花の妖精の二人姉妹と遊ぶ。


 陽だまりに咲く花の妖精スズリンが笑い、氷雪の花の妖精ハルルンが微笑みながらわたしの名前を呼ぶ。


『シィシィ、こっちだよ。』


 ―――と。


 ああ、やっとハルルンがわたしに笑いかけてくれた。普段、笑わないハルルンの微笑は、わたしの心をホッと温かくしてくれる。彼女の笑顔を見ることができただけで、本当に嬉しい。幸せだ。


 わたしはその幸福感と共に、美人妖精姉妹の胸に飛び込む。


 二人に挟まれ、ハルルンとスズリンに抱きしめられる。そして、二人は、わたしの頬に優しくキスをしてくれた。


 すごくドキドキする。今まで感じたことのない至福の時間に、わたしの顔はきっと真っ赤に色づいているのだろう。


 ああ、なんて満たされた、夢のように幸せな時間なのか。こんな時間がずっと続けばいいのに……―――



 ―――ゴンッ と鈍い音が響く。

 頭が痛い。

 何処かにぶつけたようだ。


 ボーッとしながら目を開けると、そこは車の助手席。ジュニアシートの上だった。


 ああ、いい夢を見ていたというのに何ということだ!

 笑わないハルルンが微笑んで、あまつさえホッペにチュウッとしてくれたのに。


 今でもドキドキしているのだ。嬉しくてたまらない。


 もうすぐ、一年に一度会える、あの花の妖精姉妹と、星川リゾートの裏の森で遊べるのだ。


 スズリンは雛菊―――デイジーのように可愛らしく、暖かな陽射しを思わせる年下の女の子。

 ハルルンは、氷の花―――寡黙だけど静謐な雰囲気をたたえた超絶美人さんだ。ハルルンは、スズリンのひとつ年上で、わたしと同い年。だけど、とても大人びて見える。

 ちなみにシィシィとは、わたしのことだ。スズリンは、わたしのことを光の妖精と呼んで慕ってくれていた。


 去年も一昨年も、星川リゾートの裏の森で遊んだ。だから、今年も会えるんじゃないかと、とても楽しみにしている。


 昨年、四歳時の真珠は、彼女たちを本物の妖精だと信じていた。


 転生して、そういう妖精を見る力を手に入れたのか?! とちょっと浮足立ってしまったが、そういうファンタジー設定は残念ながら『この音』の世界にはないのを思い出し、早々に意気消沈した。


 ああ、彼女達と会える! あの森でまた遊べる! とわたしの心の奥にいる幼い真珠は興奮冷めやらぬ状態で、わたしまで触発されてワクワクしているのだ。


 女の子。しかも美少女二人姉妹だ。こう、なんというかクルものがある!


 でも、こんな夢を見るなんて―――女の子とイチャイチャしてドキドキするなんて、最近のストレスも重なって―――なんというか、言いたくはないが―――


(欲求不満になっているのだろうか……それとも痴女の要素が目覚めてしまったのだろうか。いや、百合?……ストレスのあまり、そちらの扉を開けようとしているのだろうか、ああ、、、どうしようウッカリ女の人を襲ってしまったら……。)


 焦ってそんなことを考えていたら、ガツンと頭頂部を鷲掴みにされた。痛い。


「おい、そこのお前。心の声が駄々漏れになってるぞ。聞いていていたたまれないから、口を閉じろ。」


 右隣を見ると、まさかの葛城貴志!


 お前か? お前がブレーキを踏んで、わたしの幸福な夢は終わったのか?! むう、許せん! と思ったが、貴志の科白を思い出す。


「………………。お、ほほほほ……っ、口に出ておりました?」


「ああ。はっきりとな。」


「え……えへへへへへへ…………。」


 まずい。なんだか非常に気まずい。


 「電波」どころか「変態」扱いになってしまう。それだけは避けねばならぬ。


          …


 そうなのだ。だだいまわたしは、お祖母さまの御実家―――つまりは貴志の戸籍上の自宅「星川リゾート」へ向かう車中にいる。正確に言うと最終目的地は中禅寺湖畔の星川リゾートなのだが、群馬と長野にそれぞれの用事で寄り道してから本日深夜に奥日光入りになる予定だ。


 ドライバーは貴志。そして助手席ジュニアシートの上にはわたし。

 お祖母さまと穂高兄さまは、そろそろヘリコプターで都内から日光へ移動し始める時間帯だろう。


 毎年、お祖母さまの御実家、中禅寺湖畔の『星川リゾート』までは、お盆の交通渋滞を避けるために自家用ヘリで移動していた。今年も祖母は穂高兄さまとわたしを連れてお盆中の帰省予定だったので、先週中に日光滞在中に使用する物を箱詰めして、早々に宅配便で送り届けている。

 わたしも、お二人とご一緒するつもりで準備をしていたのだが、うっかり呟いた科白を耳にした貴志が気を利かせて今回のドライブを持ちかけてくれたのだ。


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