第31話 【番外編・真珠】パパの会社訪問 後編(誠一サマ倶楽部)
秘書課専用お手洗いの個室でホッとしていると、また別のお姉さま方がパウダールームに入ってきた。
「誠一サマのお子さま、いらしたわね~。美少年、美少女で本当に可愛らしいわ~。」
「ねー、奥さま羨ましいー。あんな素敵な旦那さまに、可愛いお子さまたち。いいなー。」
話題の張本人は、ここにいる。
まずい。これは、個室から出られなくなった。
盗み聞きのようで申し訳なかったが、もう暫くトイレ滞在は長引きそうだ。
誠一サマ―――か。父は社員に愛されているようだ。それは本当に良かった。やはり、上司として好かれているとわかると、なんだか嬉しいものである。
「そういえば今度の暑気払いの宴会、どうする?」
「ああ、出るけど、あれ嫌なのよね。担当役員にエスコートされるやつ。これみよがしに手が腰にくるのよ。」
「わかるわかる。」
「あー、わたし一度、誠一サマにエスコートされたことあるんだけど、誠一サマは絶対触れないのよ。触ってくれてもいいのに、本当に腰の近くに添えるだけ、ノータッチ。」
「あー、それ聞いたことある。いやー、紳士だわー。」
「触ってほしい人は触ってくれず、そうじゃない人には触られる。どんな罰ゲームだ!」
「あはは、言えてるー。」
ほう。意外と紳士。いや、母しか目に入らないだけか?
「そういえばさ、営業のホープ君の話聞いた?」
「えー? あの遣り手と言われているイケメン有能くん?」
「そうそう。」
「えー?なになに気になる。」
「この前ね、仕事上でミスがあったらしくてさ。」
「珍しいねー、ミスしない有能クンて言われているのに。」
「誠一サマが、『挑戦するのが若手の仕事、失敗したらそれをカバーするのが上司の仕事だ!』って、すぐに動いてくれてさ。このままいくと大口契約が破棄されるかもっていう状況で、部課長クラスでも対応できなくて、誠一サマが出て、迅速な処置で事なきを得たらしいよ。」
「おお!さすが誠一サマ!」
「で、その有能クンがどうしたのよ。」
「その後、有能クンはクビ覚悟で誠一サマに謝罪したらしいんだけど、笑顔で『失敗も経験だ。問題が起きたら上がなんとかする。君達はこれからも果敢に挑戦し続けてくれ』って惚れ惚れする笑顔で対応されたみたいよ。その笑顔と激励を受けて『俺、開けてはいけない扉を開きそうになってて怖い。』とか相談してるの聞いちゃってさ。」
「きゃーーーっ もうそこは開けちゃって~!」
「いやいや、婚活有望男子をソッチにいかせちゃいかんでしょ。カムバック有能くん!」
「ああ、そうなんだ。『誠一サマ倶楽部』になんで男性社員いるのかと思ったら、ソッチの扉を開きそうになっている人たちリストってやつ?」
「おおぅ!なんと!そんな事実があったとは!」
お父さまって一体……。
「ああ、あとさ、女優のほら、この前うちのCM出てた。」
「ああ、その話聞いた聞いた!」
「誠一サマに迫ったのよね。打ち上げパーティで。」
「おお、誠一サマはどんな対応を?ドキマギしてるの希望! 想像したら可愛いんですけど。」
「それがさ、しなだれかかって婉曲に『抱いて』発言してきたのを、こう!」
なになに?個室のドアの隙間から除くと、腰を引き寄せるお姉さまと、そのお姉さまに顎クィされている別のお姉さま。
「『あなたのような美しい花を手折る栄誉を与えていただいて大変光栄ですが、あなたは若く美しい。どうか御身大切になさるように。』だって。」
「ほかの人が言ってたらキザーってなるけど、誠一サマならイイ!それイイ!ご馳走サマ!」
「そのCM女優から未だに連絡入るんだけど、ほら業務以外は内線も手紙も引き継ぐの禁止でしょ? だから、お断りの連絡とか返信とか、業務部と秘書課の担当が結構大変みたいよー。」
「ああ、でもそれ一人だけじゃないって話。誠一サマ人気あるらしいからさ。」
「というか、あの秘書室に守られる形になってる重役室の部屋分けってね、過去に強行突破したツワモノがいて、その対策なのよ。」
「え? 先輩、そこを詳しく!」
ああ、あの不思議に思った鉄壁のパーティション分けか!
お姉さま、是非詳しく!
「一時期CMクイーンになってた高感度ナンバー1とか持て囃されていたタレントいたでしょ? 5年位前だったかな〜。海外との折衝後の徹夜明けで仮眠をとっていた誠一サマの部屋に乱入したのよ。」
「え? 受付は? セキュリティは? スルーできたの?」
「それが、ちょうど受付が新人ちゃんで、当時新製品のコマーシャル担当の大物タレントだったから、緊急の打ち合わせだって凄まれて、直通エレベーターで通しちゃってね……秘書室に確認入れずに。」
「うわー、それは……。」
「で、ちょうど誠一サマ担当の秘書が席を外しててさ……。やらかしてくれたのよ。」
「「「何を?!」」」
「寝込みの誠一サマを襲って、唇を奪ったの。」
「「「はぁ〜〜っ?!」」」
「ちょうど担当秘書が部屋に戻ってきてドアを開けた時に見えちゃったんだけど、誠一サマもかなり寝惚けてらしてね、上にその人が乗って唇奪われた瞬間、あっという間に上下逆転で組み敷いちゃって、寝惚けたまま激しいチュウよ。いやー、あのお手並みは素晴らしかったわ〜。」
「「「それで?!」」」
「誠一サマ、目が覚めて正気に戻って、その事態にかなり茫然とされていたけど、『この程度で腰を抜かしているようでは、わたしの相手はつとまりませんよ。』と、もの凄〜い笑顔でおっしゃって、そのタレントは秘書課の女性社員につまみ出されて出禁。」
「え? 待って? 腰抜かすほど気持ちいいキスって何?!」
「されてみたい!」
「それで? それで?」
「『消毒薬を』と一言告げて、口を拭ってらしたわ。あれは、かなりお怒りだった。」
「珍しい、そのお怒り具合見てみたい〜!」
「実際は怒鳴り散らすとかじゃなくて、ブリザードのごとく壮絶な笑顔でさ。あれは心臓に悪かったわ〜。主にわたしの心臓が恋の矢に射られそうになって。」
「「「そっちか!」」」
「いや〜、だって、あの流れるような押し倒しの技に腰砕けになるキス!あれを一度でいいから経験してみたい〜。」
「なるほど。誠一サマ、そっち方面も完璧なのか!仕事はデキるし、気遣いもバッチリ!顔良し!笑顔良し!しかも、あの身体!」
「身体って、なんか卑猥だわー」
「あはははー」
「ま、秘書課専用化粧室だけでの話題って事で。」
「そうねー。ここだけの話ってことで。」
「あ、そろそろ休憩終了じゃない?」
「もうそんな時間か。」
「さーて、また頑張るか。」
「そうだねー。」
ほう。腐っても攻略対象の父親。
家ではポンコツだが、職場では色々な意味で修羅場を切り抜けているのか。そうか、人気者なのか。
うん。それは良かった。安心だ。
しかし、その女性対応スキルはどこで装備されたのだろう。
出禁&重役室セキュリティ強化したその時期って、美沙子ママにあらぬ誤解を受け始めていた頃だろう。誠一パパの怒りは相当だったのではないか?と推測される。
父上、お主、なかなかやりおるのう―――と、感心していると休憩終了の予鈴がなり、お姉さま方は出ていった。
そして、ふと気づく。
(あれ? 誠一パパって、攻略対象が束でかかっても勝てないくらい最強なんじゃ?)
いやいや、そんなことは―――
「…………………………。」
深く考えてはいけない。きっと年の功だ。
うん、そうに違いない。
そうだ。そうだとも。
誠一パパが『この音』に出たら、大人のお姉さま御用達のアダルトでアハーンな別のゲームになってしまう。
わたしは頭を振りふり、化粧室を後にした。
…
秘書課に戻ると、既に業務時間になっていて、お兄さまは取締役室のソファに案内されていた。
わたしも、そちらに案内され、父が戻るのを待っていると、来客対応をしていた首席秘書さんと共に誠一パパが戻ってきた。
父がわたしに気づき、そそくさと側に寄って来るのと同時に、首席秘書さんがササッと扉を閉める。パパのデレを外部に漏らさないよう、対策は万全のようだ。きっと、自宅から指示が出されていたのだろう。苦労をかけます。
「ああ! 穂高! しぃちゃん! 待たせたね。会いたかったよ〜!」
誠一パパが嬉しそうにわたし達の名前を呼び、ぎゅむっとスクラムを組むように抱きしめられる。
穂高兄さまは父から配達完了の承認印とサインをもらい、夏休みの宿題「はじめてのおつかい!」は無事完了した。
今まで、駄目父レッテルをはっていたが、誠一の評価を再検討する余地アリかも? そんなことを思った会社訪問の一日だった。
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