第30話 【番外編・真珠】パパの会社訪問 前編(秘書課のお姉さま)

 これはまだ、わたしが退院してきたばかり、家族旅行の前のお話―――


 穂高兄さまの夏休みの宿題に「はじめてのおつかい!」というものがあった。


 「夏休み中、お父さんとお母さんのお手伝いをしましょう!」という主旨の宿題で、一人でお買い物に挑戦!という某番組とは関係ない。が、何故かそのように名付けられているようだ。先生の趣味だろうか? 可愛いタイトルの宿題名ではある。


 兄が両親と祖父母に相談したところ、お父さまに何か届けたら良いのではないか?

 ということになった。


「取締役室と重役室専属秘書さん達に差し入れをしましょうか。」


 祖母の一言で、秘書課の皆さんに夏のスイーツを届けることになった。


 都内の選りすぐりの製菓店から、果物系、クリーム系、キッシュ系とお取り寄せし、二つに分けて箱詰めする。一つは兄が運び、もう一つは私が運ぶために。


 ああ、わたしの好きな某パティスリーの新作がある。あれを是非とも食べたい。


 穂高兄さまが、わたしも一緒に連れて行ってくれるとのことで「それではご一緒します」とお兄さまの後に続いた。あの新作ケーキを手に入れるという野望のために。


 もちろん移動は榊原さんの車だ。


 穂高兄さまの宿題なので、母も祖母も自宅で待機。

 でも榊原さんがついているし、受付には事前に通達がいっているそうなので、特に問題なく父の元には通してもらえる。

 だから、祖父母・両親ともに安心してその任務遂行のための準備をしてくれた。


 父に届ける予定のケーキの数々は、父の手元ではなく何故か秘書室に直接運ばれた。

 どうやら誠一パパは急な来客のため、現在応接室に籠っているらしい。

 わたしを見てデレッとなる姿は、絶対に社内の人に見せるわけにはいかない。父の、ひいては月ヶ瀬の沽券にかかわる―――そう思っていたので都合がよかった。わたしが来なければ一番よかったのだが、あのケーキが食べたい。


 父から「先に休憩をとるように」と指示されていた秘書のお姉さん方が、わたしと兄を持て成してくれ、三時休憩の準備を開始した。

 いつも父と一緒に行動している首席秘書さんは、来客対応もあり今はいない。なので、今までお会いしたことのなかった、綺麗なお姉さまやおばさま方に囲まれての華やかな時間だ。


 ちなみに秘書課に在席する秘書さん方は、父一人だけにつくわけではない。各取締役と各役員、そのすべてにつく秘書さん方が日中の業務をこなす場所である。この秘書室を囲む形で、それぞれの重役達の個室が宛がわれているようだ。


 珍しいパーティション分けだな〜、と思い秘書室をグルリと見回す。

 重役室がかなり厳重に守られている気がする。セキュリティがしっかりしているのだろうか?

 この疑問の理由は、後に分かることになる。


 この会社には10時に10分間、15時に20分間の休憩時間があるらしい。ちなみにこの30分も有給とのこと。太っ腹だ。

 仕事の合間に休憩をはさむことによって、脳に休息を与え、より効率よく仕事を進めるために規定されているとお姉さまのひとりが教えてくれた。実際その効果は上々のようで、この30分の有給休憩でも軽くおつりが出るほどの収益が出されているとのことだ。


 この休憩時間の導入を提案したのは、どうやら父・誠一らしい。会議にかけられて承認され、実施された後、社内全体の業績アップは目覚ましかったようで、以後定着しているようだ。


 普段、自宅では残念な父のことを、ちょっとだけ見直した。


 お姉さま方のお話によると、半期に一度・年二回、部課毎に親睦を深めるため、食事会の経費も出されるらしい。お洒落な高級レストランも会社経費で飲食できるのが嬉しいと、麗しいお姉さまがおっしゃっていた。

 その他に、夏には暑気払いの宴、冬には忘年会を兼ねたクリスマスパーティがあり、美味しいものをたくさん食べられるとのこと。羨ましい限りだ。


 わたしは、お待ちかね、念願のケーキを手に入れご満悦で胃袋におさめた。美味であった。


 秘書課の皆さまに囲まれ、ケーキを食べ、和やかな打ち解けた雰囲気になり、お姉さま方の興味は、やはりと言うか穂高兄さまへと移っていった。

 うむ、今日は許そう。お兄さまは確かに可愛い。年上の女性を虜にする穂高少年の美少年っぷりは神がかっている。


「穂高くんは、いま何歳なの?」


 毛先を綺麗に巻いた長い髪のお姉さまが質問する。

 ずっと敬語で話していたお姉さま方がここから敬語を取っ払い、お兄さまに食いついていく。

 分かります。その気持ち、よく分かります! お姉さま。


「僕は、いま7歳です。でも、もうすぐ8歳になります。」


「うわー、礼儀正しい。」

「うちに欲しいわ~。こんな可愛い男の子!」


「もう、おねーさん、お嫁さんに立候補しちゃおうかな!」

「いやいや、もうおねーさんて年じゃないでしょう。おばさんよー、私たちなんて~。」

「そうねー。穂高くんからみたらもうオバちゃんだね。あはは」


 自虐しながらも穂高少年を構い倒そうとするその精神、大好きです。お姉さま。


「おばさん?」


 お兄さまがコテリと首を傾げる。

 穂高兄さま、その意味が分からないという表情が可憐で、とっても庇護欲をそそります。


「おばさんがどこに?」


 およ?


「みなさん、綺麗なお姉さんですよね? 僕にはそう見えます。」


 お兄さまが真顔で答える。なんの曇りもない純粋な瞳で放たれたその一言。

 破壊力は満点だ。


 ゴクリっ という唾を飲みこむような音がお姉さま方から洩れると同時に―――


「「「「「「「「きゃ~ん、もう最高に可愛い~!」」」」」」」」


 黄色い声がハーモニー。

 お姉さまたちの狂乱っぷりがちょっと怖い。


 その後ろでは、別のお姉さま方が、


「どうしようっ ねえ、11年待っても?わたし、待っていてもいいかな?!」

「正気を保って! 11年後には本当のオバさんになっちゃうから!現実を見て!」


「うちの娘のお婿さんに迎えたい……。」

「ちょっと待って、まだ結婚してないよね。娘はどこから出てきた?!」


 等と、ちょっとカオスである。


 穂高少年は相変わらずニコニコと、素敵な笑顔でケーキを頬張っている。


 天然だ。天然がここにいる。

 お兄さまの天然タラシっぷりが凄まじい。

 このスキル、さすが攻略対象者だ。


 しかも心に一点の曇りもない発言だ。恐れ入った。

 媚びている不純な要素が欠片ものないのだ。

 その純粋さが尊い―――いいもの見させていただきました。お兄さま。そして楽しませていただきました。お姉さま方。


 わたしは、可愛がられてるお兄さまを見て、うむうむと頷きながら、ちょっと野暮用でお手洗いへ急ぐ。

 あそこならお兄さまに危害を加えるような人はいないだろう。安心して用をたそう。

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