第34話 状況を理解した元勇者
「どうして、楓子が?」
楓子も操られているのだろうか。
陽菜、和馬ときて楓子が巻き込まれているので、エレンの推測通り、俺に近しい人が巻き込まれているようだ。
しかし、未だに分からない事が多い。
プールではナンパ男が素手で地面に穴を空ける程の攻撃を繰り出してきたというのに、和馬はたいした攻撃をしてこなかったし、楓子も逃げる早さは普通の女子中学生って感じだ。
この分なら、すぐに追いつける。考えるのは捉えた後だ。
マリーにアイコンタクトを送って陽菜を任せると、俺は先回りして楓子の前に移動する。
そして長年の連携で培った、合図無しで互いの呼吸を読み、
「止まれっ!」
楓子の進路を防ぐように躍り出る。
「くっ……いや、バカめ。この女がどうなっても……」
「ソウタ! 陽菜は助けたよっ!」
「……だってさ。さて、お前は誰だ! 楓子をどうしたんだ!」
進路を塞がれ、立ち止まった楓子の目は、和馬と違って普通の目だった。
しかも、喋り方が楓子と全く違うのに、声は楓子のまま。
瞳の色が変わる凶暴化? とは少し違うけれど、誰かに操られているか、もしくは楓子の姿に擬態しているかのどちらかだろう。
「勇者め……何度ワシの邪魔をすれば気がすむのだっ!」
楓子の右手に黒い塊が生まれたかと思うと、俺に向かって真っ直ぐ突き出してきた。
これがどういう攻撃なのかは分からないけれど、遅い。
魔法みたいな物が使えるらしいけど、身体は楓子そのものらしく、簡単に避ける事が出来た。
「もう一度だけ聞く。お前は誰だ。十秒以内に答えなければ、殺す」
「ふっ……いいのか? 勇者ソウタ。この少女はお前の妹なのだろう?」
「ハッタリだろ。他の人間と違って、目の色が変わっていない。それに、人質に出来るのであれば、逃げる必要なんてないだろう」
口ではハッタリと言いながらも、内心では本物の楓子ではないかと思う。
あからさまに、楓子の言動がおかしい。
あくまで状況からの推測でしかないが、おそらくティル・ナ・ノーグから来た魔物? が楓子の中に入っているのではないだろうか。
楓子が死んでしまえば、この魔物と思われる奴も死んでしまう。
だから、楓子の姿を晒し、楓子や陽菜を人質として俺を脅すのは最終手段だったのではないだろうか。
とはいえ、森の中で聞いた声と今の楓子の声が、話し方は同じなのに、声が違うのが気になるが。
「ソウタ。フウコの身体の中から漏れている黒い魔力がかなり少なくなってる。私の推測だけど、ティル・ナ・ノーグの魔物がこの世界へやってきたけれど、こっちの世界に魔力が存在しないから、どんどん弱くなっているんじゃないかな?」
エレンの言葉を聞いた楓子が小さく身体を震わせ、一筋の汗を流す。
どうやら図星らしい。
大量の人間を操り、陽菜を攫ってここまで来たけれど、魔力が回復しない事に気付いていなかったという事か。
となれば、楓子の中に居る魔物を逃がさないようにしながら、魔力を使わせれば、その内楓子の中から消えるという事だな。
後は、罠を仕掛けてきた時の言葉から、俺から魔力を吸い取る攻撃などを持って居そうだから、それにだけ気をつければ大丈夫だろう。
「って、ちょっと待った。この世界に魔力が存在しないって言ったけど、どうしてエレンは魔法が使えたんだ?」
「最初はフウコの中に居る魔物と一緒。元々体内にあった自分の魔力だよ。あとは、ソウタと一緒に行動しているだけで、ソウタから溢れ出て来る魔力が勝手に私の中に入ってきてる。ソウタは唯一ティル・ナ・ノーグとこっちの世界の両方に存在が認められているのと、勇者の力でこっちの世界でも魔力が回復しているんじゃないかな?」
「あー、俺やフローラが持っていた自動魔力回復スキルか。……じゃあ、俺が楓子の傍に居るのはマズいんじゃないのか?」
「そうかも。マリー、ヒナちゃんはソウタに任せて、フウコを逃がさないようにして」
エレンの考えが正しいとすれば、こいつが俺たちを前にして中途半端な攻撃を仕掛けてきたのも分かる。
おそらく、唯一の魔力回復源である俺を殺せなかったのだろう。
だけど、わざわざ楓子を含めた三人をこんな山の中へ連れてきたのは何故だろうか。
何かを企んでいたが、俺たちが予想以上に早く来たから準備不足だったのか? それとも、何かをする前に自身の魔力が枯渇してしまったのか。
それに、いつ、どうやってフウコの中に入ったのかと、そもそもどうやってティル・ナ・ノーグから日本へ来たのかだ。
女神様が魔物を送ってくるとは思えないし、分からない事が沢山ある。
しかし、この魔物が消滅すれば一旦は落ち着くだろう。
マリーがこっちへ来たので警戒を怠らずに楓子から少し離れ、陽菜の元へ。
「颯ちゃんっ!」
「陽菜、大丈夫か? どこか怪我とかしてないか?」
「うん、大丈夫。口や手を縛られていたから、そこにちょっと跡が付いてるくらいだよ」
見てみると、陽菜の手首にロープの跡が残っている。
陽菜に危害を加えるなんて許せん! ……が、楓子の身体だから何も出来ないのが悔しい。
それにしてもだ。俺やマリーに囲まれている中で、楓子はただ立って居るだけなのだが、その中にある黒い魔力が少しずつ大きくなっているような気がするのは俺だけだろうか。
こっちの世界には、ティル・ナ・ノーグの様に魔力の元――魔素が空中や地中に存在している訳ではない。
唯一魔力を生み出す俺は、楓子から距離を取っているが……念のため陽菜を連れてエレンの傍まで移動しておこうか。
これなら俺から漏れだした魔力は、楓子では無くエレンに取り込まれるはずだ。
「陽菜、ちょっとゴメンな」
陽菜を御姫様抱っこして、エレンの隣まで移動する。
これなら完璧だと思った所で、
「なになに? ソウタはやっぱり私の傍に居たいって事? イチャイチャする?」
「しないよっ! そうじゃなくて、俺から溢れた魔力が楓子じゃなくて、エレンに取り込まれるように移動したんだよ」
「あー、そういう事かー。でも、さっきソウタから沢山魔力を貰って、今は私の魔力も容量いっぱいだから取り込まないんじゃないかな?」
「……どういう事だ?」
「さっき、何度もキスしたでしょ。あの時、いーっぱいソウタの魔力が私の中に入って来たの」
エレンがとんでも無い事を言い放つ。
すぐ隣に陽菜が居るのに、何て事を言うんだ!
慌ててエレンから無理矢理されたとフォローしようとした所で、
「颯太……お前、さっき岸川さんの事が好きだって言ったよな。なのにキャンベルちゃんとキスしただとっ!? どういう事だっ! 納得出来るように説明しろっ!」
陽菜ではなく、近くに居た和馬が怒りの形相で詰め寄って来た。
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