第33話 困惑する元勇者

「陽菜ーっ!」


 後ろ手に縛られただけの陽菜が立って居るのを見た瞬間、全力で走る。

 陽菜にぶつかる直前で急停止すると、その身体を抱き締めて、全力で下がる……つもりだったのだが、陽菜の身体を抱きしめるはずの俺の腕が空を切った。

 陽……菜?


「ソウタ、戻って! 罠だよっ!」


 エレンの声で我に返り、全力でその場から飛び退こうとしたのだが、時すでに遅し。

 目の前の陽菜の幻像が突然爆発した。

 顔や胸を手で覆い、爆風や衝撃から少しでもダメージを軽減しようとして……意外な事に、服は破れているものの、身体にダメージらしいダメージが全く無い。

 これは、勇者の身体能力のおかげなのか?


「ソウタ、良かった。あからさまな罠に全力で突っ込んで行った時はビックリしたけど、強力な罠じゃなくて」


 爆風が収まってすぐにマリーが俺の横に飛んできたけれど、そもそも大した威力では無かったらしい。

 とはいえ小規模とはいえども、爆発は爆発だ。

 服が破れているのに、身体が無傷なのは身体の防御力が上がっているからだと思う。

 だがしかし、それにしても何かがおかしい。

 陽菜の幻を生み出したり、和馬やプールに居た人を操ったりと、あの声の主はティル・ナ・ノーグの魔法が使えるはずだ。

 なのに、直接的な攻撃はしてこないし、威力も弱い。

 俺にとって最大の弱点とも言える陽菜を押さえているのに、どうして……って待てよ。

 そういえば、エレンの召喚魔法は発動こそするものの、幻獣や精霊などが意図した通りに出て来ない事が多々あった。

 もしかして、この声の主も魔法を使おうとしているけれど、日本では本来の効果が出せないんじゃないか?

 そして俺の前に姿を現さない事から、声の主は魔法使いタイプで身体能力は低く、得意とする魔法が上手く使えず困惑していると思われる。

 おそらく、陽菜を人質に使う事すら思いつかない程に。

 ならば俺たちが今すべき事は、この声の主を迅速に探しだし、陽菜を助け出す事だ。

 俺の出した結論をマリーとエレンに伝えようとした所で、不意によく聞いた事のある声が聞こえてきた。


「あれ? どうして俺は森に居るんだ? ……って、颯太!? それにマリーちゃんとキャンベルちゃんも」

「和馬!? 平気なのか?」

「何が? というか、三人はこんな場所で何をしているんだ? あと、そもそもここはどこなんだ?」


 先程まで俺を追いかけていた和馬が、プールに居た人たちと同じく、我に返ってキョトンとしている。

 だけど、プールの人たちが正気に戻ったのは、陽菜が居なくなった――陽菜の誘拐が完了した時だ。

 このタイミングで和馬が元に戻ったと言う事は、何かが完了したって事か?

 しかし俺やマリー、エレンには何も変化が無い。という事は……まさか!


「陽菜かっ! 陽菜に何かしやがったなっ!」

「お、おい。颯太。突然、どうしたんだ? 陽菜……って、岸本さんの事か? おいおい、岸本さんまで居るなんて、まさかクラスの女子が皆ここに居るのか?」

「んな訳ないだろ! 陽菜が攫われたから、こうして助けに来たんだよっ!」

「攫われたから助けに来た……って、何を言っているんだ!? そんなの警察の仕事だろう。ただの高校生が余計な事をするなって。それともアレか? 好きな女子を助けに来た的な奴なのか?」

「そうだよっ! 俺は陽菜の事が好きだ。だから取り返しに来た。それだけだっ!」


 俺の前に立ちはだかって陽菜の救助を邪魔する和馬を黙らせ、マリーとエレンに声を掛ける。


「マリー。急いでこの声の主を探すぞ。おそらく、奴は物理攻撃に弱いはずだ。まずは声の主を探して、見つけたら俺が奴の気を引き付けるから、マリーはその隙に陽菜を助けてくれ」

「了解。じゃあ、ウチは向こうを探すね」

「あぁ。俺はあっちを探してみる。エレンは、悪いけどここで和馬を守ってやってくれ」


 和馬とエレンを二人っきりにさせるのは良くないが、流石の和馬もいきなり押し倒したりはしないだろう。

 かといって、エレンを連れて行って和馬を放置するのも可哀そうだしな。


「ソウタもマリーもストップ。二人とも、探すも何も声の主は黒い魔力を垂れ流ししているじゃない。こっちに居るよ」


 マリーと頷きあい、早速声の主を探しに行こうとした所で、エレンから待ったがかかる。

 そういえば、俺が声の主と話している時点で、黒い魔力がどうこうって言って居たな。

 俺には魔力を感知したりする事は出来ないので、エレンに従うのが良さそうだ。


「わかった。じゃあ、急いで案内してくれ。和馬が正気に戻ったし、おそらく奴が何かの準備を終えたと思われるんだ」

「それは多分、逃げたんだと思う。最初にここへ来た時よりも、黒い魔力がかなり薄くなってる」

「逃げた!? 何故……いや、それより急ごう。和馬も、迷子になりたくなければついて来てくれ」


 エレンが先頭になって走り出したが、身体が小さいため歩幅も短く、正直遅い。

 俺はエレンを抱きかかえると、方角を指示させて全力で駆け抜ける。

 エレンに言われるがままに暫く走ると、先程見た幻像と同様に、両手と腰にロープを括りつけられた陽菜が、誰かに引っ張られながら移動している所を見つけた。

 今度こそ本物であってくれよと願いながら、更に加速すると、陽菜とロープの先端を手にした奴が視界に入る。


「陽菜……え? どういう事だ!?」


 人々を操り、陽菜を攫って、俺を罠に掛けたと思われる声の主。ロープを持って逃げて居たのは……俺の妹、楓子だった。

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