第35話 宿敵と再会する元勇者

「違うんだ! それは、エレンが勝手に、俺の口へ一方的にだな……」

「ふざけるなっ! 仮に、だ。仮にそれが事実だとして、だったらどうしてお前は拒まない! この小さなキャンベルちゃんの体躯だ。いくらお前がひ弱だったとしても、拒もうと思えば拒めたはずだっ!」

「それは……俺の手が塞がっていたからだよっ!」


 流石に空飛ぶ蛇の背中にしがみ付いていたからだとは言えない。

 言った所で和馬も陽菜も信じてくれないだろうが……いや、今の状況なら、もしかしたら信じてくれるか?

 和馬にどう思われた所で構わないが、陽菜に誤解されたままなのは正直辛い。

 だが予想通り、和馬が暗いオーラを纏いながら、俺に向かって叫ぶ。


「颯太! そもそも、お前が本当に岸川さんの事が好きなら、それをキャンベルちゃんに言えよっ! お前が曖昧な態度を取っているのが悪いじゃないのかっ!」

「そんな事、言われなくても何度も言ってるよっ!」

「嘘吐けぇぇぇっ! だったら、キャンベルちゃんがこんな態度を取り続ける訳がないだろうがっ!」


 いや、分かる。分かるよ。

 俺だって当初は和馬と同じ考えだったから。

 俺は陽菜の事が好きだ。

 これを伝えれば諦めてくれると思っていたさ。

 だけど、エレンもマリーも日本とは違う文化で育っているから、その考えが通じないんだよ。

 一夫多妻制を普通だと思っている女の子たちなんだってば。

 ティル・ナ・ノーグの事を説明出来ないから、絶対に理解してもらえないと思うし、話す事も出来ないけれど、とにかくその暗いオーラを放つかの様な雰囲気はやめてくれよ。

 ……って、和馬の背中から出ているように見える暗いオーラだけど、本当に出てないか!?


「ちょっと待った。和馬。お前、背後から何か出てないか!? 変な黒い炎みたいな物が!」

「はぁっ!? キャンベルちゃんの事を有耶無耶にしようと意味不明な事を言ってんじゃねーよっ! とりあえず、颯太。お前は一発殴らせろっ!」

「待てってば! 今、そんな事をしている場合じゃないだろっ!」


 本気で俺の事を殴るつもりなのか、和馬が怒りの形相で拳を振り上げるが、背中だけでなく、その振りあげた拳にも暗いオーラが覆っているように見える。

 そのオーラは燃え盛る炎の様に宙へ舞い上がり……一定の高さまで上がると、突然方向が変わり、何かに吸い込まれるようにして消えて行く。

 その行き先は……楓子!?


「待て! この暗いのは何だっ! 楓子の身体に何を集めている!」

「ふふふ……良いぞ。この憎しみ、恨み、嫉妬。人間の負の感情や邪気が我が糧となり、魔力となるのだ」

「人間の邪気を糧にする? それに、この急激に膨らむ魔力は……まさか!?」

「そうだ。まさかこんなに再会が早いとは思わなかったぞ、勇者ソウタ。お前の力を取り込んで居る友人だけあって、そやつの負の感情は非常に質が良いぞ」

「魔王バール……お前は、百年は復活しないんじゃなかったのか!?」

「あぁ、前の世界――ティル・ナ・ノーグだとそうだろうな。だが、この世界は非常に人間が多く、しかも邪な心を持つ者が多い。誰もが人を欺き、騙し、貶める。しかも、自ら命を落とす者など、我にとって最高の餌だ。ティル・ナ・ノーグの百年に匹敵する邪気が、ほんの数日で集まったぞ」


 ティル・ナ・ノーグで、俺が勇者ソウタとして皆で力を合わせて倒した魔王バールがどうして日本に!?

 思わぬ宿敵の登場で頭が真っ白になっていると、


――ゴスッ


 顔面に強烈な衝撃を受ける。


「颯太っ! これはキャンベルちゃんの心の痛みだっ! 少しは反省しろっ!」

「颯ちゃんっ! 大丈夫!?」

「ソウタ! このバカッ! ソウタに何て事するのよっ!」


 気付けば地面に倒れ伏していて、陽菜やエレンの声で和馬に殴られたのだとようやく気付く。

 なるほど。

 元勇者の俺の身体能力では、和馬に――普通の男子高校生に殴られたくらいではダメージを受けないハズだ。

 だが、和馬が俺から漏れているという魔力を身体に取り込んでいて、しかも無意識にその魔力を拳に込めていたと。

 しかも、俺にダメージを与える程のこの魔力が、魔王バールに与えられ続けているのか。

 こいつは厄介だな。

 日本から、いや地球上の人間が抱く負の感情や邪な気持ちを、魔王バールが糧として得ている。

 勇者ソウタとしての魔力を、和馬が魔王バールに献上している状態になっている。

 ティル・ナ・ノーグで、魔王バールを倒した時の武器、聖剣クレイヴ・ソリッシュも無ければ、聖なる力を付与し、癒しを与えてくれる聖女フローラが居ない。

 ……これは、ヤバいな。


「ソウタッ! 大丈夫!? それより……フウコちゃんから嫌な気配がするよっ!」

「マリー。一旦、楓子から離れるんだ。楓子の中に居るのは、あの魔王バールだ」

「えっ!? どうして!? だって、魔王が復活するのは百年先だって話だったのに……」


 困惑するマリーを楓子から離れさせ、代わりに陽菜を守るように指示する。

 といっても、今の俺たちに出来る事は、魔王の攻撃を避けるか防ぐだけだ。

 魔王が楓子の中に居る以上、俺たちには――少なくとも俺には攻撃が出来ない。

 だから、今俺が出来る事をやろう。


「和馬、悪い」

「颯太っ! ……くっ」


 未だに暗いオーラを出し続けている和馬に当て身を喰らわせ、気を失わせる。

 これで、勇者ソウタの魔力が魔王に供給される事は止めた。

 だが、依然として世界中の負の感情は止められていないし、装備も無い状況だ。

 どうやって楓子の中に居る魔王を倒せば良いのか見当すら付かない。

 そんな中で、


「ふっふっふ。ここは私の出番のようね。この召喚士エレンに任せてっ!」


 何度目になるか分からないが、自信満々のエレンが名乗りを上げた。

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