第17話 異世界の話をする元勇者

「それは因数分解するんじゃなくて、平方の形にするんだよ」

「あー、なるほど。それがグラフの頂点になるって事か」


 マリーが助けた小学生の女の子を家まで送った後、俺の家で勉強会を行う事となった。

 科目は数学で、陽菜が先生役となってくれている。

 授業中はサッパリだったが、陽菜の教え方が上手いので十数年前の記憶が徐々に思い出され、今日分からなかった箇所がちゃんと理解出来た。

 元々成績は良かったので、やり方さえ思い出せれば、少なくとも赤点は回避出来るだろう……と、メインの目的は達したのだが、


「ヒナ。この問題の解き方が分からない」

「この本に記されているド・モルガンの法則というのは興味深いね。これを考えたド・モルガンって人は、他にどんな事を提言したの?」


 勉強会を行っている俺の家のリビングに、マリーとエレンが当たり前のように居座っている。

 しかも、教師と生徒の様に陽菜と俺がダイニングテーブルの対面へ座り、俺の両隣にマリーとエレンが座っているので、陽菜の顔を見る事は出来るが触れる事は出来ない。

 勉強会って、教える時に身体と身体がぶつかって、互いに照れたりするのが醍醐味だろ?

 ……確かに、教わる側のマリーやエレンとは、何度もぶつかってるよ?

 マリーはその大きな胸のせいか、おそらく無自覚のうちに、何度も俺の左腕に柔らかい膨らみが押しつけられている。

 エレンに至っては、露骨に小さな身体を俺に密着させているのだが、和馬と違ってその手の趣味は無いので何とも思わない。

 実際、今でこそ落ち着いているけれど、楓子が小学生の頃は毎日俺にベッタリくっついていたので、それと大差が無いというのが正直な所だ。


「ソウタ、私には分かる。分かるよ。きっと今はソウタの好みでは無いかもしれない。だけど、十年先や二十年先を考えてみて。その頃には、ソウタが良く知る私の姿になっているから」

「エレン、何の話っ! ……いや、詳しく言わなくても、何が言いたいか分かるから、言わなくても良いからっ!」


 ティル・ナ・ノーグに居た頃のエレンは、マリー程ではないけれど、程良く胸が膨らんでいて、何より物凄く綺麗だった。

 数十年後にエレンがその姿に成長する事が分かっているけれど、その頃の俺はオッサンになっているし、そもそも陽菜と結婚しているはずだ……きっと。

 というか、陽菜の前で異世界に関連しそうな話はしないでくれよ。


「颯ちゃん。それなりに勉強もしたし、そろそろ話してよ。その……エレンちゃんとの関係。どう見ても、昨日今日で初めて会ったって感じには見えないよ?」


 俺とエレンが未来の話を当たり前のようにしたからか、それとも学校でエレンの事をちゃんと説明すると言ったのに、まだ説明をしていないから焦れたのか、いずれにせよ陽菜がエレンの事を話せと言っているので、応えない訳にはいかないだろう。

 楓子は……ずっと自分の部屋に居るから、リビングには居ない。

 勉強も一段落しているし、話すなら今がベストか。


「陽菜。どうして俺がマリーとエレンの二人の外国人と知り合いなのかを話すけど、これから話す事は冗談ではないし、陽菜の事を騙そうとしている訳ではないから。それだけは分かって欲しい」

「え? う、うん。でも、マリーちゃんは幼馴染じゃないの?」

「いや、マリーは幼馴染だ。三歳の頃から知っている仲で、ある意味では陽菜よりも濃厚な時間を過ごしてきたとも言える。だけど、その関わり方がちょっと特殊なんだ」


 少し間を置き、陽菜の目をじっと見つめてみた。

 陽菜も俺の事を見つめ、話を聞こうとしてくれている。

 後は、陽菜がどれだけ異世界の――ティル・ナ・ノーグの事を信じてくれるかだ。


「実は、マリーとエレンは外国人じゃないんだ。ティル・ナ・ノーグっていう、異世界の住人なんだ」

「……ティル・ナ・ノーグ?」

「あぁ。昨日、交通事故にあった俺は死んでしまっていて、異世界へ転生してマリーやエレンという仲間と共に魔王を倒す旅に出たんだ。それは厳しく辛い旅で、何度も危機を乗り越えてきたから、心おきなく何でも言える真の仲間と言える間柄になっている。そして俺たちは、悪しき存在のみを斬るクレイヴ・ソリッシュという聖剣を手にし、ついに魔王バールを倒したんだ」

「……聖剣クレイヴ・ソリッシュに魔王バール?」

「うん。そして、魔王バールを倒したお礼って事で、女神様に俺が死んでしまった昨日時点へ戻してくれたんだ。で、ここからは俺も想定外だったんだが、マリーとエレンが俺を追って日本へ来てしまったという訳でさ」


 旅立ちから魔王を倒すまでの間を一言で済ませたけれど、実際は死にかけた事だって何度もあるし、助けたり助けられたりした事だって数え切れない程あった。

 パーティ全員が力と心を一つに合わせないと、到底魔王に勝つ事なんて出来なかっただろうし、口論や意見の対立を経て、俺たちは腹を割って話せる程の間柄になったんだ。

 陽菜に嘘を吐きたくないので、正直に話したが、さて陽菜は今の話をどうとらえたのだろうか。


「ねぇ、颯ちゃん。その女神の名前って、ブリジットって言うんでしょ?」

「え? いつも女神様って呼んでたから、名前までは知らないけど……」

「それから魔王バールを倒した後、魔王の腹心が魔王を復活させて、更に強くなった真の魔王と戦う事になるんでしょ?」

「いや、魔王は女神様が別の世界へ転移させたから、復活する事は無いと思うけど」


 どうして陽菜が女神様の名前を知っているのかと考えていると、


「颯ちゃん。さっき話したのって、ティルナノーグ・オンラインのストーリーそのままだよ? もー、そういう事なら普通にオンラインゲーム仲間だって言ってくれれば良いのに」


 困惑する俺を余所に、陽菜が「あのゲーム面白かったもんねー」と言いながら、優しい笑みを浮かべていた。

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