第16話 リアル小学生と元勇者

 昼休みに色々あったものの、何とか一日を終え、放課後を迎える事が出来た。


「ソウター! 一緒に帰ろー! そして、私の家へ遊びに来てー!」

「ソウタはウチと一緒に帰るの!」


 ホームルームが終わった瞬間、エレンと少し遅れてマリーが左右から声をかけてくる。


「颯太ー。こんなに幼いキャンベルちゃんの家へ行って何をする気なんだっ!? キャンベルちゃんに指一本触れるんじゃねぇぞっ!」

「触れないし、何もしない……というか、そもそも行かないよっ!」


 三人の声が教室中に響き、クラスメイトたちから白い視線が集まっている気がしたので、それを払拭するつもりで否定したのだが、


「えぇっ! ソウタと一緒に遊びたいよー!」

「わかった。キャンベルちゃん、じゃあこの僕が君の家に行こう。颯太と居るよりも、もっと楽しい時間が過ごせるよ」

「ねぇ、ソウター……あ、うちに可愛い猫が居るから、見においでよー!」

「それって猫というより、ケット……気が向いたら猫だけは見に行くよ」


 席を立ったエレンが、和馬を完全にスルーして至近距離から俺を見つめてきた。

 友人としては、少しくらい話を聞いてあげて欲しいと思うのだが、座っている俺と立っている時の目線がほぼ同じ女の子を狙うのはどうなのだろうか。

 とはいえ、悪い奴では……いや、でもロリコンだからダメかもしれない。


「結局行くのかよっ! 見そこなったぞ、颯太!」

「だから猫を見に行くだけ……というか、和馬が言うなっ!」

「いや、俺には分かる。猫を見るだけと言っておきながら、家に入ったら狼になる気だっ!」


 和馬の言うそれは、招かれる側じゃなくて、招く側のような気がすんだけど。

 というか、ケット・シーの件が無ければ、エレンの家に行こうなんて思わない。

 ケット・シーが誰にも見つからずにエレンの家にへ行ったのかが気になるだけだ。

 しかし、今はそれよりも優先すべき事がある。

 勇者の敏捷性を発揮して三人を突破すると、ダッシュで陽菜の元へ。


「陽菜、帰ろう」

「……マリーちゃんとエレンちゃんは、どうするの?」

「え? 俺は陽菜と……」

「でも、二人とも外国から日本へ来たばかりで心細いんじゃないかな? 放っておいて良いの?」

「み、皆で帰ろうか」


 陽菜の言う事も尤もなので、結局マリーとエレンを加えた四人で帰る事に。

 ちなみに、和馬はバイトに直行しなければならないらしく、半泣きで俺たちとは逆方向へ向かって行った。

 マリーとエレンが、外国人……異世界人の特権をフルに使い、目に留まる物を片っ端から「アレは何?」と聞いてくるので、俺と陽菜が解説役にあたり、賑やかではある物の、俺と陽菜の会話が出来ない。


「ソウタ。あの小さな子供たちは、どうして皆同じ形の鞄を背負っているの?」

「あれはランドセルって言って、あの年頃の子供は、ほぼ皆あの鞄を背負うっていう日本独自の文化だよ」

「ふーん」


 エレンが少し前の歩道を歩く、小学一年生くらいの女の子を見て小さな子供と表現したけれど、同じランドセルを背負う小学生でも、六年生と比べたらエレンの方が小さいからね?

 口には出さずにそんな事を考えていると、その小学生が何かに気を取られたのか、急に車道へ飛び出した。

 正面からは大きなラックが迫って来ており、ドライバーは……スマホいじってやがるっ!


「危ないっ!」


 大きな声で叫んだけれど、小学生はビクッと身体を震わせただけで歩道に戻らない、いや戻れない。

 前から来るトラックに気付き、恐怖で硬直してしまっている。

 だが、今から俺が走ったとしても到底助けられる距離とタイミングではない。普通なら。

 ただ運動神経が優れているだけの高校生なら間に合わないが、今の俺は異世界の勇者の力が使える。

 全力で走れば余裕で間に合う。

 そう思ったのに、助けようと思っているのに、どういう訳か脚が動かない。

 身体が言う事を聞かず、まるで異世界の麻痺毒を受けた時の様な状態になっている。

 何故だ!?

 俺は異世界の魔王を倒した元勇者。日本で交通事故から小学生を助けるくらい、出来るはず。出来るだろっ!?

 だけど、いくら助けたいと思っても身体は動かず、小学生に迫りくるトラックを見続ける事しか出来ない。

 そして……気付けばマリーが獣人の瞬発力をフルに使い、小学生を歩道へと戻していた。


「びっくりしたー! おねーちゃん。たすけてくれて、ありがとー!」


 小学生がマリーにペコリと頭を下げ、駆け寄った陽菜が車道に飛び出さないようにと、優しく言い聞かせている。

 だが俺はというと、結局一切減速する事の無かったトラックがそのまま走り去った後になって、ようやく身体が動き出し、マリーの傍へと駆け寄った。


「ソウタ。今の、ウチ間違ってない? 正しかった?」

「もちろん。ありがとうな」


 子供を助けたマリーに感謝しながら、その頭を撫でると、嬉しそうにすり寄ってくる。


「くっ……私も魔法で、あの銀色の物体を破壊すれば良かった。無詠唱で魔法が使えていれば、今頃ソウタに褒めて貰えていたのにっ!」

「いや、それはそれでダメだから! マリーの行動が最適だよ」


 恐ろしい事を言うエレンに釘を刺した後、陽菜がこっちを見ていない内に少しだけ本気で走ってみると、異世界に居た頃と同じ速度で走る事が出来た。

 ……なら、どうして先程は動けなかったんだ?

 不思議に思いながらも、助けた小学生を家まで送る事になったので、チビッ子二人(一人はエレン)を含めた五人で帰路に就いた。

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