第14話 ケット・シーと元勇者

「エレン!? だって、エレンはティル・ナ・ノーグの住人で、ここは日本で……あれ?」


 氷の美女と呼ばれる程に美しく、だけど無口で無表情だったエレンが感情豊かな幼女になっていて、『氷の』なんて言葉が全く相応しくない


「いや、待って。そもそも、本当に俺の知っているエレンなのか?」

「もちろん。見てて」


 そう言うと、ようやく俺から離れたエレンが聞き覚えのある呪文を詠唱し、


『サモン、ケット・シー』


 屋上に浮かび上がってきた魔法陣の中心に、見慣れた二足歩行の猫――ケット・シーが現れた。

 このケット・シーは、ティル・ナ・ノーグだと、そこかしこで見る事が出来た猫型の妖精なのだが、当然こんな生物は日本に、というか地球には存在しない。


「ほら、召喚魔法も出来た」

「そうだな」

「まだ私の証明に不足だっていうなら、魔王退治の旅の話とかしようか? リディア姫の事とか」

「いや、十分だ。エレンが、俺と一緒に旅したエレンだって事は分かったから、一先ずケット・シーを還してくれ。常時二足歩行の猫が誰かに見つかったら、大騒ぎになる」


 ティル・ナ・ノーグとは違い、こちらは誰もがスマホを常時持っている世界だ。

 見つかり次第写真や動画が撮られ、SNSなどにアップされ、拡散されてニュースに取り上げられ、確実に不幸な事になるだろう。

 年齢はさておき、エレンである事は間違い無さそうだが……聞きたい事が沢山ある。あるのだが、何故かエレンの様子がおかしい。


「エレン、どうしたんだ? とりあえず話がしたいから、誰かに見つかる前にケット・シーをティル・ナ・ノーグへ還して欲しいんだが」

「え、えーっと。還って……くれないの」

「ど、どうして? ティル・ナ・ノーグでは、呼び出した幻獣を元の世界に還していたよね?」

「うん。だけど、ここでは元の世界に還せないみたい」

「えぇっ!? どうすんだよっ! このケット・シー」


 俺の視線の先で、ケット・シーが小首を傾げながら、用事は何なの? とでも言いたげにエレンを見つめている。

 これが、普通の猫みたいに座っていたら可愛い仕草なのだが、しっかり二本足で立って、腰? に手を当てているのは問題だ。

 その上、ケット・シーが痺れを切らせたのか、


「あの……ボク何をすれば良いの?」


 喋ってしまった。思いっきり日本語で。

 思い返せば、確かにティル・ナ・ノーグでもエレンが召喚した幻獣は喋ってたな。


「あのさ、実は俺たちの用事が済んでしまって、君への用事が無いから、ティル・ナ・ノーグに還ってもらいたいんだけど」

「了解。じゃあ、そっちの召喚士のお嬢ちゃん。ボクを元の世界へ戻して」

「さっきから還そうとしているんだけど……こっちからは送れないみたい。ごめんなさい」


 エレンが正直に告白し、ケット・シーに向かって深々と頭を下げると、


「えぇー。どういう理屈かは知らないけど、ボクを戻せないなら責任取ってね」

「うん。責任をとって、ちゃんと家で飼うね」

「それなら別に良いよー。ボクはサラっていうんだ。よろしくね」


 エレンの家で飼う事に決まった。

 ぶっちゃけ、ペットみたいな扱いになっているのだが、それで良いのだろうか。

 一先ずエレンがサラに家の場所を伝えると、じゃあ家の前で待ってるね、と言って歩きだしたので、


「サラ、こっちでも魔法が使えるのか? 可能であれば、姿を消す魔法を使用して移動して欲しいんだが。あと、俺たち以外の前で喋るのは禁止で」

「使えると思うよ。じゃあ、また後でね」


 最低限の事だけお願いすると、言った通り魔法で姿を消して階段を下りて行った。


「というか、エレン。家があるのか?」

「うん。生活拠点が必要だろうからって、女神様が用意してくれた。ちなみに、マリーも同じ家のはずなんだけど、昨日は帰って来なかった」

「え? そ、そうか」


 なんだ、マリーはちゃんと家があったのか。

 俺の家に泊める必要は無かったんだな。


「って、女神様か。マリーと同じく、日本へ行きたいって願ったのか?」

「うん。日本でソウタと一緒に過ごしたいって言ったら、年齢まで同じにしてくれた」

「……それで、その姿なのか」

「そう。人間の倍くらいの寿命があるから、だいたい年齢の半分くらいの容姿になると思ってくれれば良いよ」


 それで八歳くらいの容姿か。

 ロリコンには凄く好かれそうだけど、俺に幼女趣味は無いし、そもそも陽菜一筋なので何とも思わないが。


「さてと。ソウタが私の事をちゃんと認識してくれた所で、お昼ご飯にしよう」

「いや、上手く纏まった! みたいな顔してるけど、全くだからな?」

「え? どうして? 私が長い時間を共にしたエレンだって事は、理解してくれたよね?」

「まぁ、流石にな」

「じゃあ、それで良いでしょ。ご飯、ご飯」

「全然良くない……が、とりあえず昼ご飯は食べるか」


 エレンとの関係が何一つ解決しないまま、午後の授業の為に食堂で食事にする事になった。

 ちなみに、エレンが女神様から叶えられないと言われた願いは、「俺を元の世界へ帰らせない事」だったそうだ。

 女神様の願いを、そんな事に使おうとしないでくれよ。まったく。

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