挿話1 勇者の幼馴染

「分かりました。では、勇者ソウタを元の世界、日本へと送ります」


 女神様がそう言うと、ついさっきまですぐ傍に居たはずのソウタの姿が消えてしまった。

 覚悟はしていた居たつもりだったけど、その瞬間、ウチの目からポロポロと涙が流れていく。


「では、次は武闘家マリーの願いを叶えましょう」


 だけど、そんな私の様子などお構いなしに女神様が話しかけてきた。


「まだ願いは秘密にしておいた方が良いですか?」

「……い、いえ。今はもう隠すべき相手が居ないので」

「では勇者ソウタの時と同じ様に最後の確認です。マリーの願いを叶え、勇者ソウタの居る日本へ行くと、もう二度とティル・ナ・ノーグには戻って来れません。宜しいですね?」


 日本に行けば、ソウタが居る。ソウタにまた会える。ソウタと一緒に居られる。

 ティル・ナ・ノーグに帰ってくる事は出来ないけれど、ソウタが居ない世界に残る意味があるだろうか。

 女神様の最終確認に応えようとした所で、エレンが真っ直ぐにウチの目を見つめてくる。


「マリー。ソウタの所へ行くのね?」

「うん。ウチはソウタと一緒に居たいから」


 ウチもが応えると、何か思い悩むようにしてエレンが目を伏せた。

 もしかしたら、エレンも同じ事を考えていて、悩んでいるのかも。

 そんな事を考えていると、今度はフローラが話かけてきた。


「マリーさん。このままティル・ナ・ノーグに居れば、魔王を倒した英雄として、何も不自由しない生活が送れると思うのですが」

「いいの。ウチが魔王を倒す戦いに参加したのは、ソウタと一緒に居たかっただけだから」

「でも、言葉も文化も違う異世界ですよ?」

「大丈夫だよ。ソウタだって、異世界からティル・ナ・ノーグへ来たんだもん。ウチだって、ソウタが居てくれればきっと大丈夫だからっ!」


 どうやら心配して止めようとしてくれているみたいだけど、ウチは絶対に何とかなると思っている。

 だってウチは、一緒に旅へ出る時、ソウタと約束したから。


……


 ソウタはウチと同い年で、毎日一緒に遊んで居たお隣に住んでいた人間の男の子だ。

 小さな頃から、「こんなに小さな子供が働くのか!?」「学校が無い、だと!?」「魔法……魔法が使えるようになりたい」なんて事を叫び出す、ちょっと不思議な男の子だった。

 六歳を過ぎたら家の仕事を手伝うのは当たり前だし、学校なんて貴族様が通う所で、平民には到底縁の無い場所だ。

 それに魔法が使えるかどうかは、生まれた時から決まっているのが常識だし、使いたくても使える訳が無い。

 あの頃は、ちょっと変わった子だなーってくらいにしか思ってなかったんだけど、結構キツいお手伝いをした後でも、必ず剣の練習をしていたのをよく覚えている。

 だから、ある時ソウタに直接聞いてみたんだ。


「ねぇ、ソウタ。どうして、いつもそんなに、けんをふっているの?」

「俺は大きな目標があるんだ。それは凄く大変な事なんだけど、でも絶対に成し遂げたい。だから、来るべき時が来るまでに、しっかり準備しておきたいんだ」


 当時、ウチもソウタも七歳くらいだったのに、何か一人だけ凄い遠くを見ている気がして、同い年なのに置いて行かれてしまう気がして、気付いたらウチもソウタと一緒に稽古するのが日課になっていた。

 ソウタが剣の素振りをする横で、ウチは父ちゃんに教わった型を練習して。

 ウチがソウタと一緒に居るのが当たり前になった頃、突然教会の人たちがいっぱいやって来て、ソウタが魔王を倒す為の旅に出るとかって話になって、どうしようって思っていたら、


「マリー。危険な旅だけど、俺と一緒に来てくれ。マリーと一緒なら、俺は絶対に目的を成し遂げられるから」


 なんて、真顔で言ってきたんだ。

 あの時は……ちょっと嬉しかった。

 ソウタが光の力に目覚めて、勇者って呼ばれる光魔法を使う特別な存在になったのに、ウチの事を誘ってくれて。


「いいよ。でも、もしもウチにソウタみたいな大きな目的が出来た時、ウチの事を手伝って貰うからね」

「あぁ、任せとけ」


 それから毎日寝食を共にして、何度もピンチを乗り越えてきたし、本当に死にそうになった事だってあった。

 だけど、ある時ウチが我儘を言って口論になってしまい、そんな状態で魔物に奇襲を受けたから、ウチを庇ったソウタが大怪我を負ってしまったんだ。

 それなのに、ソウタはそんな状態でもウチを守ってくれて……。


「……さん? マリーさん、大丈夫?」


 心配そうに見つめるフローラの声で我に返る。

 気付けば、いつの間にか昔の思い出に浸ってしまっていたようだ。


 幼稚なウチは、ずっとソウタと一緒に居られると思い込んでいたけれど、ソウタは目的を成し遂げて日本へ帰ってしまった。

 だったら、そのソウタと一緒に居たウチだって、絶対に目的を成し遂げられると思うんだ。

 日本に好きな女の子が居る?

 そんなの関係ないよ。ウチが絶対にソウタの一番になってみせるんだ!


「エレン、フローラ。今まで本当にありがとう。ウチは、ソウタの居る日本へ行くよ!」


 ソウタのお嫁さんになるという目的と共に、ウチは女神様にお願いして、日本へと旅立った。

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