第7話 異世界の幼馴染との仲を疑われる元勇者
「お兄ちゃん……」
楓子が多くを語らず、ジト目で俺を見てくる。
だが昨日ベッドに入った時は、当然俺一人だった。
当初考えていた、マリーをこっそり一晩だけ泊めるというのも、ベッドをマリーに貸して俺は床で寝るつもりだったので、疾しい事は一切考えていない。
ただ、異世界へ来てしまったマリーを助けようという一心だけだ。
俺は変な事をしていないと断言出来る。
まぁ変な夢は見てしまったが、関係ない……はずだ。
「楓子、違うぞ。俺は何もしていないんだ」
「ふーん」
「いや、本当だって。おい、マリー。起きろって、マリー」
布団をマリーの首まで掛け、胸が見えないようにしてから、小柄なその身体を揺する。
「ソウタ……激しいよぉ」
「へー。昨夜はお楽しみだったんだー」
「楓子、これは何かの間違いなんだっ! マリー! 寝ぼけてないで起きてくれって!」
先程よりも楓子の視線と声が冷たくなったのを感じつつ、ペチペチとマリーの顔を軽く叩いていると、
「んー……あ、ソウタ。おはよーっ!」
ようやく目を覚まし、そのまま上半身を起こして俺に抱きついてきた。
もちろん、俺が掛けた布団はずり落ち、白い膨らみが俺の胸に押し付けられ、むにゅぅっと形を歪ませる。
マリーには、陽菜の事が好きだと伝えてあるのに、こんなの反則だろ。
マリーの目を見て、どうしてこんな事態になっているのかを聞こうとするのだが、マリーの顔を見るだけで、押しつぶされた二つの白い膨らみと、その谷間が視界に入る。
くっ……気合だ。陽菜の事を考えながら、気合で乗り切るんだっ!
「マリー。どうして、俺のベッドで寝ているんだ? マリーには一階の部屋で寝るように、母さんから言われてたろ?」
「だって、ソウタが居なくて寂しかったんだもん。だから、夜中にソウタのベッドに潜り込んじゃった」
「寂しかったからって……じゃあ、その格好は? どうして裸なんだ!?」
「それはー、一階の部屋が暑かったから、服を脱いだの」
「エアコン……は分からないか。でも、この部屋はそこまで暑くないだろ!?」
「うん。だから少し肌寒くて、ずっとソウタにくっついて寝てた」
確かにティル・ナ・ノーグにエアコンなんて物は無いし、マリーにエアコンの使い方は分からないだろう。
だが俺の部屋は快適温度にしているから、裸だと寒く感じて俺に一晩中くっついて……って、そんな事をされていたら、あんな夢も見るよっ!
「マリー、俺は昨日も言ったよな。俺は陽菜っていう好きな女の子が居るって」
「うん、聞いたよ」
「だから、こういう事はしないでくれよ」
「どうして?」
「どうしてって……変な事になったらダメだろ?」
「変な事って、何?」
俺にマリーが抱きついてはいけない理由を聞かれ、即答できずに詰まってしまう。
俺と陽菜が既に付き合っていたり、結婚していたりすれば論外だけど、今現在俺と陽菜は付き合っていない。
きっと俺と陽菜は両想いだと信じているが、はっきりとそういう関係にはなく、未だ幼馴染という間柄だ。
一方で、マリーは性知識が十歳くらいで止まっていて、俺に抱きついたのも、本当に寒かったからだろう。
そして俺は陽菜の事が好きだから、マリーに手を出す訳が無いので、何も起こらない。
……あれ? 何も変な事が起こらないのだから、マリーが俺と同じベッドで寝ていたとしても、問題ないのか?
未だにマリーに抱きつかれたままだからか、思考が纏まらずにいると、
「とりあえず、マリーちゃんはお兄ちゃんから離れようよ」
「えー、どうしてー?」
「だって……朝ご飯だし、その格好だとご飯食べられないでしょ?」
「あ、そうだねー。着替えてくるー」
マリーが楓子の言葉を聞いて、部屋を出て行く。
上半身は裸だったけど、一応パンツは履いてくれていた。
いや、だからどうしたって言われれば、それまでなんだけどさ。
つい先程まであったマリーの柔らかさと温もりが消えた所で、楓子が今度は俺に話しかけてきた。
「お兄ちゃん、どうしたの? 昨日の夕方から少し変だよ?」
「変って、何が?」
「うーん。上手く言えないんだけど、お兄ちゃんが、お兄ちゃんじゃないみたいなんだー」
「いや、俺は俺だけど……どうしたんだ?」
「えー、だってさー。今までのお兄ちゃんは、早く陽菜ちゃんと付き合えば良いのにじれったいなーって、思っていたくらいだったのに、いきなり抱きしめたり、結婚しようだなんて叫んだりしてさ。急に積極的になったよね?」
「そ、それは、そろそろ陽菜と恋仲になりたいと思った訳でだな」
「それにしても突然過ぎない? お兄ちゃん、何かあったの? やっぱり、交通事故に遭って、頭でも打ったの?」
楓子が何かを疑うように、俺の顔をじーっと見つめてくる。
流石は妹というべきか。
一緒に居る時間が長いからか、今の俺に違和感を抱いているみたいだ。
とはいえ、異世界転生の事には気付きようが無いと思うが。
「うーん。お兄ちゃんは、陽菜ちゃんの事が好きなんだよね? マリーさんはただの幼馴染だよね?」
「もちろん。俺は陽菜の事が好きだぜ」
「今までのお兄ちゃんなら、そんな事絶対に言わなさそうなんだけど……まぁいいや。楓子としても、陽菜ちゃんとお兄ちゃんを応援するよー」
「お、おぅ。よろしく頼む」
まさか楓子が俺と陽菜が付き合うのに協力してくれるとは。
出来た妹だと、楓子の頭を撫でていると、
「そうだ、お兄ちゃん。早速一つ楓子からアドバイスだけど、マリーさんにしてあげているような事を、陽菜ちゃんにもしてあげた方が良いと思うよー」
「ん? どういう事」
「例えばー、昨日マリーちゃんのほっぺに付いてたご飯粒を、お兄ちゃんが取って食べたよね?」
「……俺、そんな事してたっけ?」
「無自覚なのっ!? とにかく、久しぶりに会う幼馴染だけじゃなくて、頻繁に会っている幼馴染にも、そういう事をしてあげた方が良いと思うよー」
無意識に行ってしまっていた行動を、陽菜にもするようにと言われてしまった。
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