第5話 プロポーズする元勇者

 シャワーの使い方が分からないというマリーの身体を極力見ないようにしながら、何とか使い方を教え、びしょ濡れになった服を乾燥機へ放り込む。

 異世界では――特に魔王城突入前は何度となく視界に飛び込んできたマリーの裸体が、日本だと新鮮に映ってしまうのは何故だろうか。

 しかし、しっかり見た訳ではないけれど、マリーの胸が少しだけ小さくなっていた気がする。

 いや、それでも十分に大きい部類へ入りそうだけど……って、こんな事を考えていちゃダメだ。

 例えマリーが十数年来の幼馴染だとしても、陽菜以外の女の子の事を考えるのは良くないだろう。

 ましてや胸の事なんて。

 大きく頭を振ってマリーの裸体を脳内から消してリビングへ戻ると、陽菜と楓子が床に零れた水を拭いていたので、俺も手伝う事にした。

 ちなみに、巻き添えで濡れてしまった陽菜や楓子に聞いてみると、そこまで激しく濡れている訳ではないので、二人はこのままでも大丈夫らしい。


「で、お兄ちゃん。あのマリーさん? って誰なの?」

「お、幼馴染だよ。俺の」

「幼馴染って、陽菜ちゃん以外にも居たの!? 楓子、聞いた事が無いんだけど」

「あぁ、まだ楓子は小さかったからな。見た目からも分かる通り外国人で、俺も十年振りくらいに会ったんだ。日本の文化を殆ど知らないから、そこは許してやって欲しい」

「十年振りー? じゃあ、楓子が二歳か三歳くらいかぁ。だったら楓子が知らないのも無理ないね」


 楓子が掃除をしながらマリーの事を聞いてきたけれど、女神様の力なのか、それとも単に楓子が細かい事を気にしないからか、あっさり納得してくれた。

 正しく言うと、外国人というより異世界人なのだが、言っても混乱させるだけだし、そもそも信じないだろうが。

 あらかた掃除が終わり、陽菜が料理を再開した所で、


「ソウター。ウチの服が無くなっちゃったー」


 リビングの方からマリーの声が届く。


「あ! ごめん、乾燥機に入れちゃった……って、そんな格好で出てくるなよっ! せめてタオルとかで隠してくれ」

「お、お兄ちゃん!? マリーさんとどういう関係なのっ!?」

「さっき話した通り、ただの幼馴染みだよっ! それより楓子。何でも良いから、何か着る物を貸してくれ」

「楓子のじゃ無理だよー。絶対に胸が入らないよ」

「……マリー、さっきの場所へ戻って待ってて。何か服を探してくる」


 マリーは胸が大きい割に小柄だが、更に小柄な楓子の服では確かに窮屈だろう。

 小さな白いパンツ一枚しか身に着けていないマリーに、脱衣所へ戻るように言って俺は二階へ駆け上がる。

 適当なTシャツと短パンを手に取ってマリーへ渡すと……小柄な身体には俺のTシャツが大き過ぎて、下に何も履いて居ないように見えてしまい、これはこれでエロい感じになってしまった。


「あの……二人とも、ごめんなさい」

「あ、さっきの水の事? 私たちは大丈夫だから気にしないでー」

「そうだよー。でも、マリーさんが勢い良く入って来た時はビックリしたけどねー」


 つい疾しい事を考えてしまったので反省していると、マリーが頭を下げるが、陽菜も楓子も気にしていない様子で笑顔を浮かべている。


「それよりオムライスが出来たから、食べて食べてー」

「わーい! オムライスー! 陽菜ちゃん、ありがとー!」

「マリーちゃんの分もあるから、食べてね。も、もちろん颯ちゃんも」


 テーブルに、三人分のオムライスとサラダが並べられた。

 異世界から日本へ帰って来て最初の食事が陽菜の手料理だなんて、なんて幸せなんだ。


「いただきますっ!」

「いっただっきまーす!」


 十数年ぶりの陽菜の手料理を前に、深呼吸を一つ。

 心を落ち着かせ、スプーンで黄色い卵とケチャップライスをゆっくりと口に運ぶと、


「旨いっ! 旨いよ、陽菜! 結婚しよう!」


 口の中にいっぱいに幸せが広がり、気付けばプロポーズしていた。


「なっ!? そ、そ、颯ちゃん!? 何を言い出すのよっ!」

「お兄ちゃん。それは流石に、楓子でも引くよ?」

「そ、そうよ。そ、そういうのは、こ、恋人同士にな、なってから……なんだよ?」


 陽菜が顔を真っ赤に染め、持っていたお盆で目だけ出して顔を隠す。

 可愛い。可愛いよ陽菜。

 この恥ずかしがる様を見る事が出来ただけでも、長く苦しい修行と旅を経て魔王を倒した甲斐があるというものだ。

 もう暫く陽菜の様子を見ていたい気持ちもあるけれど、陽菜が作ってくれたオムライスもしっかり味わいたいので、スプーンと口を動かしていると、


「ヒナ。この料理はなかなかやる。だけど、次はウチの番! さっきみたいなミスはもうしない!」


 俺より早くオムライスを完食したマリーが立ち上がり、陽菜に宣戦布告を行った。

 マリーは陽菜が作ったオムライスに夢中で、俺の言葉を聞いていなかったのか、それとも鋼の様なメンタルを持っているのか。

 自分でいうのもなんだけど、冷静に考えると、俺はとんでもない事を陽菜に言ったのだが、そんな事は関係無いと言わんばかりに、マリーが闘志をむき出しにしている。

 これで頬にご飯粒が付いていなければ様になったのだが、マリーは幼い頃からこういう一面があるからな。


「マリー、ちょっとこっち」

「ん? ソウタ、どうかしたの?」

「ほら、ご飯粒付いてるから、こっちへ来て」

「ソウタ、取ってー」

「はいはい」


 理由を説明すると、マリーが素直に顔を近づけてきたので、頬に付いたご飯粒を取り、そのまま俺の口へ。

 ついでに、ティッシュで口を拭いてあげて……って、あれ? 何故か楓子の視線が冷たい。

 だが、その理由を尋ねる前に、


「ただいまー。ごめんねー、遅くなっちゃって」


 玄関の方から母さんの声が届く。

 どうやら仕事を終えて帰って来たようだ。


「あ! もう、こんな時間なのっ!? ごめん。私、そろそろ帰るね」

「だったら家まで送って行くよ」

「家まで……って、颯ちゃん。私の家、お隣なんだから大丈夫だよー」


 そう言って陽菜が慌ててリビングから出て行き、母さんと少し会話して帰って行った。


「逃げた……という事は、ソウタ、料理勝負はウチの勝ちって事ね!」

「いや、陽菜は逃げた訳じゃないからな?」


 仕方が無い事ではあるのだが、異世界育ちで考え方が異なるマリーを、どうやって日本になじませるべきか、頭を悩まされる事になってしまった。

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