第3話 実家に帰ってきた元勇者

「ただいまー」


 俺が異世界へ転生する前と何一つ変わらない実家へと帰ってきた。

 何も変わってなくて当然なのだが、俺としては十数年振りに帰ってきた実家なので懐かしみたい気持ちはある。

 が、それを押し殺して、素早くマリーを家の中へと入れた所で、楓子がやってきた。


「おかえりーって、お兄ちゃん。靴も脱がずに玄関でボーっとして、どうかしたの?」

「え? いや、何でもないよ」

「……お兄ちゃん。何か隠してない?」

「いやいや、俺が楓子に隠し事なんてする訳ないだろ?」

「ふーん。まぁいいけどー。それより、お母さんはまた仕事に戻ったのー?」

「あぁ。だから、今日は俺が晩御飯を作るよ。今日は楓子の大好きなオムライスにしようか」


 俺の言葉で楓子が喜び、リビングへと戻っていく。

 良かった。一先ず、マリーの存在はバレなかったらしい。


「……ソウタ、もう大丈夫?」

「……あぁ。だけど、静かにな」


 マリーが獣人の身体能力を活かして、音も無く天井へ張り付いていたおかげで、先ずは第一関門を突破した。

 蜘蛛みたいに天井へ張り付いたまま移動出来れば良かったのだが、流石のマリーでもジッとしているのが精一杯らしく、一旦床に下りる。

 公園から家までの間に、玄関で靴を脱ぐ事と、俺の部屋の場所を教えてあるので、マリーが静かに二階への階段を上がって行った。

 後はマリーの靴を隠して、俺が何食わぬ顔で自室へ戻れば、一先ずは大丈夫だろう。

 日本に居た頃の自分の行動を思い出し、脱いだ靴を揃えず、あえて放置したまま階段を一段上がった所で、


「あ、そうだ。お兄ちゃん」


 唐突にリビングから楓子が顔を出してきた。


「なっ! なんだ!? ど、どうかしたのか?」

「……そんなに驚かなくても良いと思うんだけど」

「いやいや、驚いてなんか無いぞ。で、それより用件は何だ?」

「えっとねー、陽菜ちゃんがお兄ちゃんの部屋で待っているから、早く行ってあげて欲しいのと、気が利く楓子は一時間くらい散歩してこようかな、なーんて……」

「な、何だって!」

「ちょ、お兄ちゃん!? がっつき過ぎるのはどうかと思うよっ!?」


 後ろから聞こえる楓子の声を聞き流しつつ、二階への階段を一気に駆け上がる。

 マズイ。非常にマズイ。

 俺が自分の家にマリーを連れて帰ってきた事を、どう言い訳すれば良いんだ!?

 陽菜が俺の家に来るのはいつもの事だけど、俺が居ないのに部屋へ上がっているパターンは初めてだから、全く想定していなかった。

 部屋の中に人の気配を感じたマリーが、中に入らず隠れた……という結果を祈りながら自室の扉を開けると、


「あ、颯ちゃん。おかえりー。お邪魔してるよー」


 部屋の真ん中でクッションに座った陽菜が笑顔を向けてくれた。

 良かった。マリーは上手く隠れてくれたらしい。

 安堵の溜め息と共に、陽菜に笑顔を向けながら部屋へ入り、


「ねぇねぇ、ソウタ。この本って何ー? 女の子の裸が凄く上手に描かれてるー!」


 右手から良く知る声が聞こえ、自分でも分かる程に笑顔が引きつった。

 恐る恐る顔を右に向けると、俺のベッドの下へ頭を突っ込んだ少女の脚が見える。

 短いスカートから覗く太ももと尻尾で、これが誰か一目瞭然だ。


「ま、マリー!? 何をしているんだっ!?」

「そうだよ、マリーちゃん。颯ちゃんのベッドの下と、クローゼットの奥、国語辞典のカバーの中は見ちゃダメなんだよー」

「……って、どうして陽菜がお宝の隠し場所を全部知っているんだよっ!」

「だって私、颯ちゃんの事は何でも知ってるもん」


 何故か陽菜が誇らしげに小さな胸を張るが、まさか全部バレていたなんて……じゃない! それはそれで大事だけど、今はもっと大事な話がある。


「陽菜。マリーの事を知っているのか?」

「え? そんなの当然知ってるよー。颯ちゃんの幼馴染でしょ?」

「あ、あぁ。確かにそうなんだけど、そもそも面識なんて無いよな?」

「どうして? 今日会ったから知ってるよー? 皆の前で挨拶してたし」

「へ? 挨拶? マリーが?」

「えー。転校生の挨拶の時、颯ちゃんが寝たふりをしていたけど、あれって本当に聞いてなかったのー?」


 転校生って、どういう事だ?

 そもそも、俺が異世界へ行く事になったあの日、転校生なんて居なかったんだが。

 ……って、待てよ。

 即死級の事故から俺が助かっていたように、マリーがこの世界で暮らせるように女神様の力が働いていたとしたら?


「陽菜。マリーが挨拶の時になんて言っていたか、教えてくれないか?」

「えっとー、颯ちゃんの幼馴染でー、小さい頃に会った颯ちゃんの事が忘れらなくて、日本の学校へ通う事にしたって言ってたよー。てっきり、颯ちゃんが恥ずかしくて寝たふりをしていたと思ってたのに」

「そ、そんな事を言ったのか!? というか、小さい頃に会った……は事実だけど、でもさ、あの耳とか尻尾とかって、誰も何も突っ込まなかったのか?」

「耳? 尻尾? それって何の事?」

「え? だって、今もここにあるだろ? 陽菜には、これが見えないのか?」

「これ……って、颯ちゃん。マリーちゃんのお尻を触ろうとしちゃダメだよっ!」


 これも女神様の力なのか?

 俺にはマリーの頭から生える大きな猫耳と、お尻から生えている尻尾がはっきりと見えているのだが、どうやら陽菜には見えないらしい。

 しかし、しかしだ。どこかで見た事がある服だとは思っていたけれど、マリーの着ている服が俺たちの通う高校の制服で、しかも同じクラスなのかよっ!

 マリーがベッドの下から薄い本を手にして出てきたので、即座にそれを奪い取った後、自然に大きな溜め息が出てしまった。

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