第2話 異世界の幼馴染に再会する元勇者

「じゃあ、俺は先に帰ってるから」


 どうしてもやらなければならない事があるからと、再び職場に戻ると言う母さんに礼を伝えて、病院からの帰路へ就く。

 今俺が居るのは市内にある大きな病院で、小学生の頃に一度来ただけだが、意外にも家までの道がわかる。

 十八年ぶりに歩く地元だけど、今まで一度も引っ越した事がないからか、ちゃんと街並を覚えていた。

 コンビニやスーパーに、自動車や信号機。異世界に無かった物を懐かしく思いながら、やや大きな公園に足を踏み入れた。

 遊具で遊ぶ子供たちや、ベンチで楽しそうに話している学生などを眺めながら通り抜けようとして、


「ソウター! やーっと見つけたーっ!」


 聞き慣れた声と共に、何かが凄い速度で迫って来る。

 思わず回避行動――大きな樹の枝に跳びつくと、逆上がりの要領で足を振りあげて、枝に上がった。

 転生前の俺では絶対に出来ない、アクション映画のように避けたはずなのに、迫って来ていた何かも、俺に合わせて跳んで来る。

 しかも枝に捕まらず、純粋なジャンプ力だけで。

 元勇者の俺を上回る身体能力だと!?

 というか、俺の身長よりも高い木の枝に跳び乗る事が出来るなんて、何者なんだっ!?

 すぐさま次の回避行動として、枝から飛び降りようとしたのだが、その前に捕まってしまった。


「ソウタ! ソウターッ!」


 俺の名を連呼しながら、思いっきり抱きしめられ、温かくて柔らかい膨らみが押し付けられる。

 この良く知る温もりと声は……


「まさかマリーなのか!?」

「うんっ! えへへ、来ちゃったー」


 どういう訳か、異世界で共に魔王を倒した仲間、猫耳少女のマリーが居た。

 しかも、魔王を倒した時の格好ではなく、そこら辺を歩いて居そうな女子高生の制服だ。

 ただ猫耳と尻尾がそのままなので、普通とは言い難いかもしれないが。


「マリー。来ちゃった……じゃないって! どうやって日本へ来たんだ!?」

「ソウタと同じだよー。女神様にお願いしたんだー」

「女神様にお願いだって!? 何を考えているんだ! 女神様も言っていただろ! こっちへ来たら、二度と元の世界、ティル・ナ・ノーグに戻れないって」

「だって、ソウタが居ない世界なんて、意味がないもん。ウチはソウタと一緒に居るんだもん」

「いや、そうは言ってもマリーには家族だとか、弟だって居ただろ。それに、俺は……」

「こっちに……日本に好きな女の子が居るんだよね?」


 マリーが俺の胸に抱きつきながら、上目遣いで見つめてくる。

 だが、その表情に恥ずかしさや照れはなく、ただただ俺に会えた事の嬉しさだけが感じ取れた。

 というのも、マリーは十歳にして、俺と共に魔王討伐の旅に出る事になってしまったため、親や同世代の友人たちから、本来それとなく学ぶはずの性知識が殆ど無い。

 それに加えて、異世界での家が隣同士のため、小さな頃から一緒にお風呂へ入ったり、同じベッドで寝たりしていた事もあって、向こうの世界で成人とされる十五歳を過ぎても、それは変わらなかった。

 子供の頃と同じように俺と一緒に眠ろうとするし、俺の前で躊躇なく全裸になるし。

 そのおかげで、マリーの大きな胸をいつも……げふんげふん。

 とにかく、俺は男女がずっと一緒に居るのは夫婦だけであり、「俺は魔王を倒して、元の世界へ帰る。向こうに、好きな女の子が居るから」とハッキリ伝えたんだ。

 おまけに、魔王を倒した後でマリーから言われた愛の告白も断ったというのに、どうしてマリーがここに居るのだろう。


「マリー。それが分かっていながら、どうして日本へ来たんだ?」

「だってウチはソウタの事が好きだもん。ソウタが好きだっていう日本の女の子になんて絶対負けないし、ウチの方がソウタの事を大好きなんだもん!」


 異世界で俺が伝えたように、マリーも直球でぶつかって来た。

 はっきり言って、マリーの事が嫌いな訳ではない。異世界での三歳から十八歳までをずっと一緒に過ごした訳だし、魔王討伐の旅で共に死線をくぐってきたという信頼関係もある。

 だけどそれでも、陽菜の可愛らしさや、何かあったらすぐ泣いてしまう所、俺が辛い時に優しく助けてくれる所……他にも長所や短所が沢山あって、俺はそんな陽菜に惹かれているんだ。

 だから、どうにかしてマリーを諦めさせなければと考えていると、キュルルーっと小さな音が聞こえてきた。


「今の、マリーなのか?」

「う、うん。ソウタの匂いを頼りに、ずっとこの辺りをフラフラしてたから、お腹空いた」


 そうか。俺は日本の記憶や知識をもったまま転生したから、幼い頃に向こうの文化や習慣を理解出来たし、異世界での両親が育ててくれたけど、マリーはそのまま日本へやってきたんだ。

 女神様のサービスなのか、日本語を話して、どこかの学校の制服を着ているけれど、マリーはこっちでの買い物の仕方も分からないだろうし、そもそも家すら無いのではないだろうか。

 流石にこれは、俺が異世界転生したケースとは違って、ハードモード過ぎる。


「わかった。一先ず今晩は俺の家に泊めるけど、これからどうするか、ちゃんと考えるんだぞ」

「えへへー。ずっとソウタと一緒に居るー」

「いや、そういう事じゃ無くて……って、お腹が空いているだろうから先ずは家に帰るけど、絶対に俺の家族には見つからないようにしてくれよ」

「わかったー! 大丈夫、大丈夫。ウチの鼻が利くのは、ソウタも良く知ってるでしょー?」


 随分と軽い返事が帰って来たけれど、本当に大丈夫なのだろうか。

 だが頭に生えた猫耳が示す通り、マリーは獣のような身体能力と勘の良さで、戦闘時は素早い動きを活かした体術で魔物を倒し、探索時は罠や隠れた敵を発見したりしていた。

 そのため、母さんや楓子に気付かれたりはしないとは思うが、気を付けるに越した事は無い。

 少し道を変え、人通りの少ない道を選んで、俺の家へと向かった。

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