第1章 日本へ帰ってきた元勇者

第1話 幼馴染に再会する元勇者

 真っ白の光に包まれた後、気付いた時には見知らぬ天井が視界に映っていた。

 ここは一体どこなのだろうかと身体を起こすと、


「颯ちゃんっ! 良かったー! このまま目覚めなかったら、どうしようって心配したよ!」


 学校指定の白いブラウスに身を包んだ、可愛らしい少女が視界に飛び込んでくる。

 真っ直ぐな黒髪、見ようによっては中学生くらいにも見える小柄な身体、そして全く膨らむ気配の無い小さな胸……


「陽菜っ! 陽菜ーっ! 会いたかった!」


 目の前には大好きな幼馴染、岸本陽菜が俺の記憶の通りの姿で居たので、思わずベッドから飛び降りて抱きしめてしまった。


「ちょ、ちょっと颯ちゃんっ! いきなりどうしたのっ!? 会いたかったも何も、今日も学校で会ったじゃない!」

「今日も学校で……そ、そうだね」

「颯ちゃん、大丈夫? トラックにひかれたのに奇跡的に無傷だったとは聞いたけど、やっぱり頭とかを打ったんじゃない?」

「え? いや、別にどこも痛くないけど?」

「……そう、なら良かった。颯ちゃんが交通事故に遭ったって聞いて、本当にビックリしたんだから」


 俺の腕の中で陽菜が安堵したかのように息を吐く。

 おそらく女神様が、俺が日本で死んでしまった直後――高校一年生の夏に戻してくれたのだろう。

 俺としては陽菜にもう一度会う事が出来ただけでも恩の字だったのだが、女神様はかなり気が効くようだ。

 改めて女神様に感謝していると、懐かしい声と共に視線を感じる。


「お兄ちゃん。陽菜ちゃんとイチャイチャするのは、二人っきりの時にしたら?」

「ふ、楓子!? いつからそこに!?」

「いつからって、最初から居たんだけど」


 慌てて目をやると、ベッドの反対側でパイプ椅子に腰かけた中学一年生の妹、楓子がジト目でこっちを見ていた。


「ごめん、ごめん。気付いてなくて」

「陽菜ちゃんにはすぐ気付いたのにねー。で、お兄ちゃんと陽菜ちゃんは、いつから付き合ってるの? 昔から家へ遊びに来てたから、いつかはくっつくと思っていたけど……」

「いやいやいや、俺と陽菜はまだ付き合ったりしていないぞ」

「まだ、ね。……で、いつまで抱き合っているの?」


 楓子のツッコミで視線を陽菜に戻すと、顔を真っ赤にして「ぁぅぁぅぁぅ……」と、言葉にならない何かを呟いきながら、口をパクパクさせていた。


「ご、ごめん」

「う、ううん。その、そ、颯ちゃんになら別に……で、でも、やっぱりハッキリさせてからじゃないと」


 顔を真っ赤にしている陽菜には悪いが、恥ずかしがっている様子も可愛いなぁ。

 しかし、ハッキリさせてからとは……あ、そういう事か!

 今までの幼馴染という関係から、ちゃんと彼氏彼女という関係になってからじゃないとダメだって事か。

 つまり、陽菜も俺の告白を待って居るって事だな。

 オーケー。陽菜の望みとあらば、今すぐにでも……


「あ、お母さん? お兄ちゃん、目を覚ましたよ。今は病院で陽菜ちゃんとベッドで抱き……」

「おぉぉぉいっ!」


 突然聞こえた楓子の声で、魔王の放った斬撃を回避するかの如く跳躍し、手にしていたスマホを取り上げる。

 どうやら、異世界の勇者として得た運動神経は、日本の身体でもそれなりに発揮できるらしい。


「母さん! 一先ず俺は無事だから。……こっちに向かってる? 楓子が来てくれているから大丈夫だって。……あ、手続きとかがあるのか。まぁとにかく、元気だから心配しなくて良いからさ」


 危ない、危ない。

 楓子にある事ない事、いろいろ言われる所だった。


「お、お兄ちゃん。本当に元気みたいだね。気付いたら目の前に居たんだけど……お兄ちゃんって、そんなに運動神経良かったっけ?」

「あ、当たり前だろ。俺はもう高校生なんだからな。ベッドくらい楽勝で飛び越えられるって」

「病院のベッドだから、結構高さがあると思うんだけど」


 異世界転生する前の俺は、勉強はそれなりに出来たけど、運動神経は中の下といった程度だ。

 なので、どのように言い訳しようかと考えていると、驚いた様子の楓子の言葉を遮るように病室の扉が開き、綺麗なナースのお姉さんが入ってきた。


「早川くーん……あ、起きてたんだねー。元気そうで何よりだけど、一応検査させてねー。外傷もないけど、一時間くらいとはいえ気を失っていたんだからねー」


 詳しく話を聞くと、俺はトラックにひかれたものの、吹き飛ばされた先がゴミ捨て場で、置いてあったごみ袋や捨てられていた布団などで衝撃が吸収され、無傷だったのだとか。

 ……実際は異世界転生していたのだから即死だったと思うが、この辺りは俺を復活させるにあたって、女神様が辻褄が合うようにしてくれているのだろう。


「そ、颯ちゃん。じゃあ、私はそろそろ帰るね。えっと……また明日学校でね」

「あ、じゃあ楓子も一緒に帰るよ。陽菜ちゃん一人だと心配だし」

「楓子ちゃん? 私、流石に家へ帰るくらいなら一人で出来るよ!? でも、二人で帰った方が楽しいから、一緒に帰ろっか。……じゃあ、颯ちゃん。またね」


 流石に、ナースさんと楓子が居る場所で告白は無理か。

 しかも、病室でなんてムードも何もないしな。

 むしろ俺が死ぬフラグみたいだし、場所はちゃんと考えよう。

 部屋を出て行く陽菜と楓子を見送ると、ベッドに寝るように指示され、ナースのお姉さんが手際よく俺の身体に何かの医療器具を装着していく。


「ふふっ。早川君、可愛い彼女さんねー」

「えぇ、それはもう。家が隣同士で幼稚園からずっと一緒に居ますけど、可愛くて、優しくて、料理も出来るし、掃除も出来る。ちょっとドジな所もあるけど、それもまた可愛らしくて、彼女を一生護って生きる所存です」

「す、凄い決意なのね」

「はい! いつも傍に居過ぎて、居てくれるのが当たり前みたいになっていましたが、気になりだしたのは中学二年生にある出来事がありまして……」


 検査が終わるまで陽菜への熱い想いを一方的に語ってしまったせいか、若干ゲンナリした様子のお姉さんが部屋から出て行く。

 でも、ずっと片想いで好きだった陽菜から十八年間も離されてしまっていたんだ。

 その想いをやっとぶつけられるのだから、少しくらいは大目に見て欲しい。

 今日……は、母さんが手続きを済ますまで動けないから、今夜中に場所を考えて、明日学校が終わったら陽菜に告白しよう。

 俺の想いは誰にも止められないぜっ!

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