幼馴染の為に魔王を倒して日本へ帰ってきたのに、異世界少女たちが俺の恋人ポジションを狙ってやって来る

向原 行人

プロローグ 魔王を倒した勇者ソウタ

「くっ……勇者よ、よくぞワシを倒した。だが、ワシは人間の邪気を糧とする。この世に人間が居る限り、ワシは必ず復活する」

「うるさい! 早く消えろっ!」


 悪しき存在のみを斬る聖剣クレイヴ・ソリッシュに身体を貫かれたまま、往生際悪く喋り続ける魔王バールに光魔法で止めを刺すと、その身体が崩れ落ち、塵となって消えた。

 異世界へ転生して十八年。日本から遠く離れた異世界での生活は辛い事もあったが、ようやく俺は元の世界に――愛する幼馴染の陽菜の所へ帰る事が出来るんだ!

 そんな事を一人で考え、心の中で喜んで居ると、


「ソウタ様。魔王を倒してくださり、本当にありがとうございます。これで、世界は救われます」


 聖女と呼ばれる可憐な少女、フローラが瞳を潤ませて俺を見つめてくる。

 パーティの最年少、十七歳にして神聖魔法を極めた少女で、フローラの持つ聖なる力を付与する術と癒しが無ければ、俺は魔王を倒す事が出来なかっただろう。


「……良かった」


 不意に、無口なハーフエルフの女性、エレンが珍しく口を開いた。

 エレンはエルフの血を引いているからか、俺の倍以上生きているにも関わらず、二十代前半に見える。

 だが見知らぬ人から氷の美女と呼ばれる程に、魔法の詠唱以外で言葉を発する事が殆ど無いので、魔王を倒したという事がそれだけ嬉しかったのだろう。

 ちなみに、召喚士であるエレンが使う、異世界の幻獣を呼び出す召喚魔法がなければ、この魔王城へ辿り着く事すら出来なかったと思われる。


「ソウタ、やったね!」


 感傷的になっていると、異世界での幼馴染であり、頭から大きな猫耳を生やした獣人の少女、マリーが抱きついてきた。

 マリーはこっちの世界で三歳の頃から一緒に過ごしてきた大切な友人であり、仲間だ。

 獣人という、獣並の優れた身体能力で俺と一緒に前衛を担ってくれて、何度もピンチから助けて貰った。

 この世界で一番長い付き合いでもあるマリーには、本当に感謝の気持ちしかない。


 苦楽を共にした仲間たちとの思い出に浸っていると、辺りが一瞬白く輝き、白いドレスに身を包んだ女性――俺をこの世界に転生させた女神様が現れた。


「皆さん。魔王バールを倒してくださり、本当にありがとうございます。これで暫くの間、この世界は平和になる事でしょう」

「暫くの間……って事は、最期に魔王が言っていた通り、いつかは復活するって事なんですか?」

「残念ながら、その通りです。魔王バールは世界に人が多ければ多いほど早く復活してしまうのですが、とはいえあと百年は復活しないと思われます。ですから、元の世界へ帰るというソウタの願いを叶えても、復活した魔王は新しい勇者が倒してくれるはずです」


 女神様の言葉を聞いて、内心安堵する。

 日本でトラックに轢かれた後、「勇者として魔王を倒せ」と言われた時は何の冗談かと思ったが、その後に続いた「魔王を倒したら、どんな願いでも叶える」というのは、ちゃんと実行してくれるようだ。


「では、魔王を倒してくださった皆さん全員の願いを一つずつ叶えます。勇者ソウタ……貴方は『元の世界へ帰る』という願いで宜しいですね?」

「はい。お願いします」


 迷いの無い俺の返事で、三人の仲間たちの表情が少し暗くなる。

 魔王を倒した後、こっちの世界で一緒に暮らして欲しいと、マリーから直球で言われた事もあるが、俺には帰りたい場所と会いたい人が居るんだ。

 そのために、俺は勇者として頑張ってきたのだから。


「ねぇ、ソウタ。本当に帰っちゃうの?」

「あぁ。すまない」

「ウチは、ソウタの事が好き。だから、一緒に居て欲しい」


 マリーが真っ直ぐに俺の目を見て、突然好きだと言ってきた。

 思い上がりでも、うぬぼれでもなく、俺はマリーの気持ちに気付いていたけれど、この気持ちに応える事は出来ない。


「……ごめん。俺には、帰らなければならない場所があるんだ」


 マリーの言葉へ真摯に応えようと、俺も目を逸らさずに返事を伝えると、女神様が空気を読まずに確認を続けていく。


「では、聖女フローラ。貴方の願いは……『魔王をこの世界から消し去る』で宜しいですか?」

「はい、女神様」


 女神様は空気を読もうとはしないが、俺たちの心は読めるらしく、フローラの願いを言葉にする。

 しかしフローラは流石だな。聖女と言われ、自分の気持ちよりも勇者である俺を支える事、即ち魔王を倒す事に尽力してきただけはある。

 魔王が復活するのが百年後なのだから、自分の欲望を満たしても良さそうなのに。


「次は召喚士エレン。貴方は……まだ願いを決めかねているのですね?」

「はい。すみません」

「大丈夫ですよ。ですが悩んでいる二つの内の一つは、叶える事が出来ません」

「あ……そ、そうですか」


 女神様に諭され、エレンが寂しそうに俯く。

 しかしエレンは何を願っていたのだろうか。女神様に叶えられない事だなんて。


「最後に、武闘家マリー。貴方の願いは……」

「女神様! 出来れば、それは内緒にしてください!」

「……わかりました。では、先ず聖女フローラの願いを叶えましょう」


 マリーが一瞬女神様に顔を向けてお願いすると、あっさり承諾され、その直後に女神様から光が発せられ、真っ直ぐ天に向かって伸びていく。


「これで、聖女フローラの願いは叶えられました。魔王をどこか別の世界へ転移させましたので、この世界で復活する事は無いでしょう」

「ありがとうございます」

「いえ、これも貴方たちが魔王を倒してくれたからです。女神の力でも、活動中の魔王は転移させる事が出来ませんでしたので」


 フローラが恭しくお辞儀をすると、女神様がとんでもない事を告げてきた。

 今となっては後の祭りだが、俺たちは女神様ですら何とか出来ない事をやってのけたのかよ。

 ……きっと、陽菜に会いたいという気持ちの強さのおかげだな。

 十数年振りとなる陽菜の再会を想像して、ついつい顔が綻んでしまう。


「では、次は待ちきれないと言った様子の勇者ソウタの願いを叶えましょう」

「お願いします」

「最後の確認ですが、もう二度とこの世界――ティル・ナ・ノーグには戻って来れません。宜しいですね?」

「はい」

「分かりました。では、勇者ソウタを元の世界、日本へと送ります」


 女神様の言葉と共に白い光に包まれた俺は、ようやく勇者ソウタから、早川颯太へと戻った。

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