西日のロネ

エリー.ファー

西日のロネ

 西日が差す頃になると、彼は現れる。

 名まえをロネという。

 男の子ではあると思うけれど。

 影でしか見たことがない。

 というか。

 影でしかない。

 影だけが壁に現れて、口もきかずにただそこに体育座りをし続ける。

 ロネという名前だって、その影が現れる家に昔住んでいた家族がロネだったから、というような安直なものだし、その家族ももう住んでいない。空き家の壁に現れるロネにそんなことは関係がない。

 僕はロネのことをいつもいつも気にしていた。

 単純なことで、ロネという存在を構成していたのは、西日と影と壁だったからだ。

 そのうちの一つでもかけてしまったら、ロネはもう、ロネとして存在することができない。

 あたり前のように体育座りで現れるロネのことを、僕は常に緊張感をもって見つめていたのだ。

 西日という特殊な光の中にその身を落とすロネは、僕からすれば、それはそれは、非常に稀有な存在であったし、それは秘密をまとうことでより美しく見えるものだった。

 ロネのことは、誰でも彼でも見えるわけではない。最初から見える人もいれば、途中から見える人もいる。最初から見えない人もいれば、途中から見えなくなる人もいる。

 それはロネの意思によるものではないか、となんとなく想像させた。

 悲しいかな。

 ロネは喋らない。

 意志の疎通はできない。

 する気がないようにも見える。

 あくまで、ロネにとって、こちら側こそが景色の一部である。

 いつかは、消えるし。

 長く見つめておくようなものではない。

 時間が経つにつれて、ロネは何か寂しそうにするわけでもない。

 そう。

 そういうものでしょう。

 そう言わんばかりで、ただ西日が消えていくのを待つ。

 体の一部が欠け始めてもどこ吹く風であり、それは精神的に強いということの証明になりえるのかもしれない。見ていて、気持ちのいいものではないが、怠惰ということの証として考えれば、これはもう笑ってしまう。

 自分の存在が明日になればまた現れるから、という安易な発想によるものかもしれない。

 いや。

 違うだろう。

 きっと、だが。

 ロネは知っている。

 自分が存在するために必要なこの空き家の壁というものは近々壊されるものである、ということを。

 なにせ、体育座りをしたロネがその右上にある、取り壊します、という意味の工事会社のマークを見つめたり、指先で触れてみたりするからだ。

 ロネは知っているのである。

 ロネは。

 消えることを知っているのである。

 ある日のことだ。

 工事関係者が来たが、酒を飲んでいた。非常に荒っぽい印象を受けてしまう。直ぐに大きな器具を持ってきて、壊し始める。決してその周りに破片が飛び散らないようにとする配慮などは一切しない。

 壊された空き家。そして壁。そして石。そして砂。

 それらが舞う。

 太陽の光が地面に降り注ぐのを邪魔するのだ。

 だからもう。

 その日。

 西日がその空き家を何からも邪魔されることなく照らすことはなかった。

 いや。

 できなかった。

 工事関係者は煙草の吸殻を捨て、隣の家の壁まで半分壊し、その被害を被った人と喧嘩までする。

 銃声が聞こえて。

 誰かが泣いて。

 空が僅かに雲って。

 また晴れた。

 遠くで火炎瓶が飛び交う。

 仮面をつけた人間たちがパレードをしていて、こちらに向かってやってくる。

 あと、二年で人類は滅亡するそうだ。

 隕石が地球に落ちるのだそうだ。

 その前に。

 西日のロネは、いなくなってしまった。

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