第10話 シテン

「ごめんなさい、イワビーさん…」


「…」


イワビーが黙り込んでしまうのも無理はないだろう。これほどあっさりと終ってしまうゲームの第1セットを落とし、すでに100枚以上の差をつけられた。追う側になれば苦しいのはわかっていたのに。


どうすればいいか…と考えていたところに、ゆっくりとイワビー近づいてきた。もう何を言われても受け入れよう…。


「ジェーン、次のセットの間にやってほしいことがある。」


「え?」


「第4ゲームが終わった時点で、俺が失った分のコインを追加で借りるだけでいい。いや…第5ゲームは1枚しか使わないから第4ゲームまでの負け分に1枚追加で、だな。」


「どうして…?それじゃあ借金するだけですよ!?」


「それでも、勝つためには必要なんだ。頼む。」


借金を増やすのに勝つとは、いったい何を考えているのか。


「…それでは、第2セットを開始いたします。空チーム、カタカケ様。海チーム、イワビー様。会場へお進みください。」


「時間だな。頼んだぞ、ジェーン。」


「あ、ちょっと!イワビーさん!」


イワビーは振り返ることなく、会場へと消えていった。

…何も持たずに。




イワビーが会場に入ったとき、カタカケはすでに椅子に腰かけ、目をつむっていた。あまりに落ち着いているもので、かえって身構えてしまう。


そんなイワビーの気配を感じたのか、カタカケは目を開き、ほほ笑んだ。


「ああ、ごめんなさいなの。イワビーさん。」


「やけに早いな。」


「ゲームが始まる前に伝えておきたいことがあるの。」


「…引き分けにさせるって話か?それならジェーンから聞いた。」


「それなら手間が省けるの。それで…協力してくれる?」


ふぅ、と大きく息をつき、答える。


「協力してやりたいのは山々だ。でも今どんな状況なのか、分からない訳じゃないだろ?」


「それは承知しているの。でも、残念ながら、先に裏切ったのはジェーンさんの方なの。」


「何?」


…いや、正確には聞いてはいないがなんとなく察していた。カンザシがどんな手を使って勝ったのかは分からないが。


「カンザシはジェーンさんの裏切りに気が付いて、それで手を変えたの。」


「どうやって気づいた?…なんて聞いても、答えてはもらえないんだろう?」


「いえ、お答えするの。」


「!?」


「私たちは、透視ができるの。ここの仕切りくらいの厚さなら、余裕なの。」


「透視だと!?」


にわかには信じがたいが、先ほどのジェーンの負け方を考えると否定しきれない。


「…信じられないな。仮にそうだとして、なぜ今教える?」


「協力してもらうためなの。そのために手の内は明かしておいた方がいいでしょう?」


「言いたいことは分かるが、ますます理解できない。そっちからすれば相手の手を担保できるものがあるが、こっちにはそれがない。そんな状態じゃあ、協力なんてできないな。」


「そうですか…残念なの。」


つかの間の静寂。それを待っていた声が語り掛けた。


「…第2セットを開始してもよろしいでしょうか?」


「ああ、悪い、もう始まっているもんだと。」


「ごめんなさいなの。」


「いえ…それでは第2セット第1ゲームを開始いたします。」


ラクエンが宣言すると、ようやく仕切りがせり上がってくる。


「…それじゃあ、恨みっこなしだぞ。」


イワビーはそういいながら、コインケースを置くためのサイドテーブルに、ポケットからコインを10枚ばかり取り出した。


「…どういうつもりなの?」


「いや?これが俺の必勝法なんだ。」


「それのどこが必勝法なの?」


「おいおい、あれだけ頭の回るお前がこの意味に気づけないのか?」


「っ!」


見え見えの挑発だが、カタカケはわずかに眉をひそめた。


「まあそんなに怒らないでくれ。透視の話をしてくれたお礼に教えてやるよ。…このセット、俺は最大でも2マスまでしかコインを置かない。」


「!?」


めちゃくちゃだ。より多くのマスをとる必要があるこのゲームで、2マスしか取らず、ましてそれを宣言してしまうのは自殺行為以外の何物でもない。


「それじゃあ、私は3マス目に置けばいいだけなの。」


「別にそれでもいい。その方が助かるからな。」


「どうして助かるの?」


「おっと、しゃべりすぎたな。ほら、早くやろうぜ。」


無理やり遮るように、イワビーはコインを置き始める。本来であれば、コインケースの蓋で何枚のコインを取り出したかは相手には見えない。だが今は…イワビーがコインを2枚しか取っていないことが丸見えなのだ。


「…わかったの。」




「両プレイヤーの準備が整いましたので、結果を発表いたします。空チーム、3マス。海チーム、2マス。よって、空チームの勝利となり、海チームの配置したコイン2枚の獲得となります。それでは引き続き、第2ゲームを開始いたします。」


「…当然なの。」


当然だ。当然なのだ。当然なのだが…。


「ククク…クフッ、フフフフッ…。」


「なぜ笑っていられるの!?」


「ええ?あ、いやごめんごめん。さ、次々!」


そう言うとまたそそくさとコインを2枚手に取り、マスへの配置を終えてしまった。

本当に何を考えているのか…。


仕方がないのでカタカケもコインを置き始める。その間もイワビーは必死に笑いをこらえているようだった。だんだんと不信感が不快感に変わってきた。


だが、3マス目までコインを置いたところでカタカケの手が止まる。それを見て、イワビーも笑いが止まった。


「!!」


「…さすが、もう気づいたか。まあ、もう遅いけどな。」


「…ッ!!」


キュッと唇をかみしめる。


「できないんだろ?透視なんて。」




別室。


「イワビーさん、やはり彼女は侮れませんね。」


「…そもそも、透視なんてあからさまな嘘信じる必要もありませんよね?」


「それはあくまで、すべてを把握できるこの立場にいるから言えることですよ。たとえ嘘でも、持ち合わせた情報と相違がなければ信じてしまうものです。先ほどのジェーンさんのように。」


「そういうものなのですか?」


「まあ、他にもいろいろありますが…。そもそも、相手には何らかの策があるという情報は大事なところで足を引っ張りますからね。たとえそれがブラフでも。」


「うーん…、よくわかりませんが、だとしてもこれでは海チームに勝ち目はないでしょう?」


「その通りです。あくまでこれは幻想を破ったに過ぎない。まだ勝利の女神は背中を向けていますよ、イワビーさん、ジェーンさん。」


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ペンギンたちの嘘 鮪糸(つないと) @tsunaito

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