第9話 トウシ

「ラクエンに勝つための…このゲームを無駄にさせるための必勝法なんです。」


「ラクエンに勝つための?」


意味が分からない。このゲームはあくまで空対海のチーム戦のはずだ。ラクエン…運営側に攻撃する手段など初めから用意されていない。


「あ、いや、その…どちらかというと後半の『ゲームを無駄にさせる』って意味合いのほうが強いんですが。」


「無駄に、ってことは何も動かずにこのゲームだけ終わるってこと?」


「はい。」


「そんなことが可能なの?」


「はい。ジェーンさんとイワビーさんに協力していただければ、の話ですが…」


もともとこのゲームに勝ったところで、賞金をそのまま持ち去るつもりはなかったが、初めから引き分けを狙えるのであればそれに乗らない手はない。


「…聞かせてもらえますか?」


「わかりました。と言っても、やること自体は簡単なんです。まず、各セットの4ゲーム目まではお互いに同じマス目までコインを置いていきます。これで5ゲーム目の報酬にそこまでで出されたコインが上乗せされますよね。」


「そうですね。」


「そうしたら、5ゲーム目でどちらかのチームが勝つようにする。それを4セット、勝つチームを交互に変えていけば、最終的に両チームのコイン枚数は一緒になるはずです。」


「なるほど…。」


確かに、理屈は通る。しかし、協力するには決めておくべきことがある。


「協力します。ですが…4ゲーム目までのコインの置き場所、それを全て11マス目と決めておくことが条件です。」


引き分けがどのマス目でも成立する以上、この条件がなければ最終的なコイン数が変動してしまう。


「確かにそうですね。さすがジェーンさんです!」


「カンザシさんもこの方法に気づいたのはすごいと思います!」


「えへへ…じゃあ、早速お願いしますね!」


はい、と笑顔で頷き、コインを11マス目に追加した。


カンザシもコインを置き終え、深く座りなおしたところでラクエンがモニターに現れる。


「それでは、第1セット1ゲーム目の結果を発表いたします。」


ラクエンがそう告げると、テーブル中央の仕切りが下がっていく。


「…空チーム、11マス。海チーム、11マス。よって、このゲームは引き分けとなり、場のコインは次回の報酬に上乗せされます。では、引き続き2ゲーム目を開始いたします。」


それだけ告げると、モニターはまた自然の映像に切り替わった。


切り替わったのを確認するやいなや、カンザシが歓喜にも似た声を上げる。


「ありがとうございます!ジェーンさん!」


「こちらこそ、ありがとうございます!」


「それじゃあ、この調子でどんどん進めてしまいましょう!」


「そうですね!」


その後も、2ゲーム目、3ゲーム目と同じ方法で消化した。


消化はしていたが、ジェーンはずっと考えていた。

はたして、このままカンザシの案に乗っかっていていいのか?

ここまでは確かにお互い約束通りの動きをしていた。だが、次は?

11マス目まで置くということにしている以上、裏切ることは容易なはずだ。相手側の領地まで手を伸ばして、11マス目に2倍のコインを置いてしまえばいい。1~3ゲーム目までのコインの上乗せもある。この4ゲーム目で裏切れば一気に55枚のコインを奪うことができる。そうすれば5ゲーム目での巻き返しはほぼ不可能。2ゲーム目を有利に進められるのは明らかだった。


「…さん?ジェーンさん?」


「え?あ、ごめんなさい!」


「どうかしましたか?」


「いえ、少し考え事をしていました。」


「?」


何を考えることがあるんですか?と首をかしげるカンザシだったが、すぐに笑顔に戻った。


「それでは、両プレイヤーの準備が完了しましたので結果を発表いたします。」


仕切りが沈んでいく。カンザシのコインは…


「空チーム、11マス。海チーム、11マス。よって、今回は引き分けとなり、場にあるコインは5ゲーム目の報酬に上乗せされます。それでは、5ゲーム目を開始いたします。」


今回も予定通り。やはり杞憂なのだろうか?


「5ゲーム目ですね…。」


「…ジェーンさん、こんなこと言うの、本当に申し訳ないんですが、本当はまだ私のこと信用しきれていないんじゃないですか?」


「え!?そんなこと…」


「隠さなくていいです。さっきの考えごとも、きっとそのことですよね。正直、私も相手がこんな提案してきたら疑うと思います。だから…」


続く言葉は、今のジェーンは想定していない言葉だった。


「この第1セットは、海チームの勝ちにします。」


「!?」


1セット目を勝ちにする…要は相手にアドバンテージを与えるということだ。2セット目で裏切りをしてくるかもしれない相手に。


どうしてそこまでするのか。あえて有利な状態にさせることで信頼させようとしたのかもしれないが、疑いはさらに強まった。


「なので私は、10マス目に置きますね?ジェーンさんは今まで通り、11マス目においてください。」


だが、感づかせるわけにはいかない。


「…わかりました。よろしくお願いしますね?イワビーさんにも伝えておきます!」


「本当ですか!助かります!」


そうと決まれば!と、カンザシはコインを並べているようだ。当然、手元は見えないが。


ジェーンもコインを並べていく。が、10マス目まで来て手が止まる。カンザシはこちらが11マス目まで置くことを知っている。裏切るとしたら絶好のタイミングだ。やはりここは、10マス目で止めて様子を見るべきか。幸い、予定ではカンザシは10マス目まで。予定通りなら引き分け。置き忘れていたとか、見間違えたとか、苦しいにしろ弁明はできる。逆に、裏切ってきたときはこちらが勝ちながら相手の裏切りを暴露できる。


いや、10マス目では甘いか?相手の置く場所が予定されているのは同じ条件だ。今考えたことを、カンザシが考えていないとは到底思えない。


引き分けの線はなくなる。最悪負けるかもしれないが、今回は9マス目で止めよう。そう決めてテーブルから手を下した。


「それでは、第1セット5ゲーム目の結果を発表いたします。」


「ジェーンさん…」


「はい?」


「私は悲しいです。」


「どうして…です…か!?」


仕切りが下り、ジェーンの目に飛び込んできたのは全く予想していなかった盤面だった。


「空チーム、13マス。13マス目が2倍。海チーム、9マス。よって、空チームの勝利。1~4ゲームの上乗せ分と合わせ、106枚の獲得となります。これで第1セット終了となります。現在の各チームのコインはこのようになります。」


空チーム 1062

海チーム  938


「繰り返しになりますけど、私は悲しいですよ。信じていたのに。」


「どうして…?」


意味が分からない。ただ裏切られたのなら、2倍のマスを置かれたところで、それは11マス目のはず。どうして直撃しているのか。


「もうジェーンさんと戦うことはないので、教えてあげます。実は私、これくらいの壁なら透視できるんです。」


「え…?」


「見えるんですよ。ジェーンさんがどこまでコインを置いているのか。」


にわかには信じがたいが、目の前の光景がその証拠となるには十分だった。


13マス目に手を伸ばし、さらに2倍のコインを置くなんてことは、デメリットしかない。それこそ本当に、相手が9マス目までしか置いていないことが分かっていなければやらないはずなのだ。


だがカンザシは、それをした。


「イワビーさんには、裏切らないように言っておいたほうがいいですよ。…最も、もう引き分けの線はなくなってしまいましたけど。」


そう言い残し、カンザシは控室へ戻っていった。ジェーンには、それを眺めていることしかできなかった。




少し時は戻り、4ゲーム目開始直後の海チーム控室。


イワビーは、順調にゲームが消化されていくその光景をモニター越しに見ながら、仮面に帽子のフレンズに話しかける。


「予定通り、さっき話してたものをもらえないか?それと…これ、いらないから処分しといてくれ。」








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